第27回
中高生の放射線探究
早稲田大学研究院 准教授
田中 香津生
2022年度から高校に「総合的な探究の時間」が導入され、全国の中高生が探究活動に取り組むようになりました。探究とは「自ら課題を設定し、解決に向けて情報を収集・整理・分析する学習活動」と定義されています。とりわけ「自ら課題を設定する」という過程は、多くの中高生にとって新しい概念であり、苦しむところになっていると思います。放射線分野の探究に取り組もうとする全国の中高生がこの部分をクリアできない例を数多く見てきました。
原因として、主に次の2点が挙げられます。
(1)放射線を測定する方法が分からない(検出器を入手できない)。
(2)検出器があっても、自分の関心分野にどう結び付ければよいか分からない。
1点目については、徐々に環境が整ってきています。たとえば、放射線教育支援サイト“らでぃ”では、教育用放射線測定器KINDや測定試料セットを貸出(https://www.radi-edu.jp/about/order)しており、学校での放射線計測が可能になりました。しかし依然として、2点目の「関心分野につながるテーマ設定」が大きな障壁となり、放射線を扱った探究がほとんどなされない要因となっています。これらを解決するためには以下のような環境が必要だと考えました。
・検出器を自ら組み立て、持ち帰って自由に使える体験機会の提供
・放射線探究に取り組む全国の中高生同士が交流できるネットワークの構築
・多様な学際分野の研究者による探究支援体制の整備
・放射線探究事例の体系的な蓄積と公開
これらを実現するため、私たちは2020年にオンラインコミュニティ「加速キッチン」を立ち上げ、放射線探究サポートを続けています。加速キッチンでは、放射線に興味を持つ中高生へ検出器キットを貸与し、大学生・大学院生がメンターとなって探究を支援します。
当初は「宇宙線の天頂角分布」といった大学の学生実験などで定番なテーマからはじめていきましたが、中高生の発想力は想像以上で、次第に独創的なテーマが誕生しています。たとえば以下の事例があります。
・シンチレータをアクリルに替えてチェレンコフ検出器へ改造 (https://www3.e-kenkyu.com/j-sci-eggs/papers/18 )
・太陽活動と宇宙線の相関関係 (https://www3.e-kenkyu.com/j-sci-eggs/papers/16)
・シンチレータの発光をカメラでイメージング (https://drive.google.com/file/d/1mf9k6H3823QDPJX0y6t6XMSv_eaAZT7Q/view?usp=drive_link)
もちろん、これらは中高生がなにもないところからテーマ設定したわけではありません。まず、これまでの加速キッチン内での放射線探究事例の蓄積が大きいと思います。例えば、ある中高生が天頂角分布を測定して、それをみた別の中高生が地磁気によって宇宙線の東西からくる強度の違い(東西効果)を調べる、それを見た別の中高生が地磁気の変動と宇宙線強度の関係を調べる、それを見た別の中高生が地磁気に影響を与える太陽活動と宇宙線強度の関係を調べるという風につながっていきました。また、検出器を自分で組み立て自由に扱える環境下で、装置がブラックボックス化せず、身近に計測ができる環境があるからこそこのような発想が生まれます。
さらに中高生へのオンラインヒアリングを通じて、メンターや研究者が興味関心に合う計測方法を一緒に組み立て、さらに他校や海外の生徒との共同研究によって発展していきます。加速キッチンでは毎週中高生からの活動レポートを週報としてチャットで送ってもらい、隔週でビデオチャットでメンタリングを実施します。それ以外にも1日100件を超えるチャットのポストがあり、メンターだけでなく中高生同士の交流も盛んです。このように、自宅にいてもオンラインでメンターが伴走してくれ、同世代の仲間が支えてくれる環境の中で、少しずつ探究の方向性が定まっていくようになります。中高生にとって本当にオンラインコミュニケーションが当たり前になっていて、この環境を存分に活かすことが大事だなと感じています。
このような「探究事例の蓄積」を目的に、活動レポートの一部を加速キッチンのウェブサイト(https://accel-kitchen.com/)で公開しています。放射線探究を始める際は、ぜひご覧ください。また、指導に携わる先生方も、これまでの知見を踏まえたサポートが可能です。ご興味があれば、どうぞお気軽にご連絡ください。