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私たちの社会に深くかかわっている放射線 (NPO法人放射線教育フォーラム主催:令和5年度 第3回勉強会)

 

 NPO法人放射線教育フォーラムの第3回勉強会が、オンラインで2024年2月25日に開催された。

 今回は、医師による放射線治療の紹介や実際の医療現場での放射線の利用についての説明、放射線にかかわるエネルギー環境問題を社会課題として意識できる教育についての中学校教諭からの提言、専門外の人には難しい放射性壊変の基礎解説の3講演が行われた。

 

 ■がん患者の約4人に1人が放射線治療を受ける

 日本人のおよそ2人に1人が、一生のうちに「がん」と診断されると言われている。その治療の現場では、手術や化学療法のほかに、放射線を使った治療法も用いられている。

 この放射線治療はどのようなものなのか。静岡県立静岡がんセンター 放射線・陽子線治療センターの西村哲夫さんから「がん医療における放射線療法の役割」という演題で次のような分かりやすい説明があった。

 

 放射線治療の特徴は「機能と形態を温存しながら根治から緩和目的まで低侵襲に治療できる局所療法にある」と西村さん。体を切らないので痛みもない。この放射線治療で用いる装置はいろいろとあり、例えば体の外部からエックス線や電子線を照射する「直線加速器(リニアック)」や、陽子線や重粒子線などを照射する「粒子線加速器」などがある。あるいは、金やヨウ素などのラジオアイソトープ(放射性同位元素)を密封した小さなカプセルを体内に埋め込んだり、経口や静脈注射などで体内に取り入れたりして、体の内部から放射線を照射する療法もある。

 

 日本には、このような放射線治療を受けることができる施設は800ほどあって、「人口比で見ると米国に次ぐ多さだ」と西村さん。約4人に1人のがん患者が放射線治療を受けているとのことなどの例を挙げ、「それほど放射線治療はがんの医療で役立っている」と指摘する。

 

静岡県立静岡がんセンター 放射線・陽子線治療センター

西村哲夫さん

 

 「がんの医療で放射線治療が有効なのは、わずかなエネルギーで細胞内のDNAを選択的に損傷できるからだ」と西村さん。放射線が直接的あるいは間接的にDNAの二重鎖を切断するので、局所的に照射することで、がん細胞を狙って死滅させることができる。 

 ただ、放射線が正常な組織に影響を与えてしまうこともある。医療の現場では「正常組織の耐容線量を考慮しながら治療を進めていく」とのこと。そのとき、抗がん剤を用いた治療を併用したり、正常細胞に放射線をあまり照射しないように工夫したりして、放射線治療の効果を高めていく。「近年は、治療装置の技術が進歩し、多方向から放射線を複雑に当てることで正常組織を守りつつ病巣に放射線を集中的に照射したり、呼吸などで照射位置が動き続けても追尾しながら照射できたりする」という。

  また、かつては少なくない患者が放射線治療にネガティブなイメージをもっていて、まだがんの告知が積極的に行われなかった時代では、放射線治療をするときは「電気をかける」と表現したこともあったという。しかし、現在はインフォームドコンセントや告知が一般化したなどの理由から、放射線治療についても十分な説明や情報提供がされるようになっていて、「正確な説明をするということが大前提になっている」とも語っていた。

 

 講演後、中学校の教諭から、生徒たちの多くは医療の現場で放射線が使われていることを知っていることや、今の教育現場では「がん教育」が実践されるようになってきているというコメントが伝えられた。

 

■社会的な課題として意識できる生徒の育成を目指して

 義務教育である中学校の理科学習の中で、放射線を教えることで生徒たちの中で何が育ってほしいのかということについて、放射線教育に積極的に取り組む青木久美子さん(東京都世田谷区立千歳中学校)が、「放射線教育の今までとこれから-社会的な課題として意識できる生徒の育成を目指して-」と題して、放射線にかかわるエネルギー環境問題を社会的な課題として捉える教育について語った。

 

東京都世田谷区立千歳中学校 青木久美子さん

 

 現在の中学校では、第2学年と第3学年で放射線を学んでいる。生徒が放射線を初めて学ぶとき、内容は難しいものの、目には見えないその存在を確かめていく学習プロセスの中で「まるで探検するような、意外とわくわくするような様子が見られます。ただ、教科書を教えるだけでは、生徒が社会的な課題として放射線にかかわるエネルギー環境問題を捉えるのは不十分だと思っている」と語る。

 

 青木さんは、有志の教諭3人と2019年に研究会「エネルギー環境教育を推進する会(ESK)」を立ち上げ、独自に考えた指導計画を提案している。第2学年は5時間仕立てで、「静電気と力」「静電気と放電」「電流と粒子(電子)」「放射線の発見」「放射線の性質と利用」という流れで、第3学年では、6時間仕立てで、エネルギーの利用と課題から学び始め、後半は高レベル放射性廃棄物の処理についてポスター制作や発表、討論をするという流れの指導計画となっている。

 

 

 実際に青木先生の授業で実践した生徒に対してアンケートをとると、生徒たちが放射線を活用するメリットとデメリットを「正面から捉えている」ことがよくわかったという。また、課題の解決策を考えたい、高校でもっと詳しく学びたいといった次の学びを求める声もあったという。 

 青木さんらの研究会は、定期的な研究会の開催のほか、サイエンスカフェも不定期で開催している。この会の参加者は主に中学校の理科教師で、さまざまな対話をしていく中でいろいろな機会を捉えて放射線を継続的に学ぶことの重要さが明確になっていったという。理科であれば大地や光、動物の分類、原子や分子を学ぶときにも放射線に触れることによって、他教科も含めて生徒たちが何度も「こんなところでも放射線のかかわりがあるんだ」と思うことが放射線の知識の内在化につながるという研究会の考えが紹介された。 

 また、「学習内容が難しく、教師たちの経験も少ないという理由で放射線にかかわるエネルギー環境問題の優先順位が下がってしまうことがあるとすれば、それは本当に良いことなのかという問題意識を私たちはもっています」とも語っていた。

 放射線の学習を通して生徒が自分事として放射線にかかわるエネルギー環境問題を捉えるようになることは、今の学習指導要領で求める生徒像そのものであり、その教育的な取り組みは「十分にやりがいのあるものだ」と青木さんは力強く語っていた。

 そして、社会的な課題として放射線にかかわるエネルギー環境問題を捉えられる生徒の育成を進める環境の構築について、授業の支援や教材・教具の借用の支援、カリキュラム開発の支援、ゲストティーチャー授業の開催、学校教育から社会教育への継続の必要性を訴えていた。

 

■放射性壊変はランダムに起こる

 3人目の登壇者は放射線教育フォーラムの吉澤幸夫さんで、「100 Bqの放射性物質は1秒間に90~110壊変する」と題して、専門外の人にはわかりにくい「放射性壊変」についてていねいに解説した。

 不安定な原子核は、時間とともにより安定な原子核に変化し、このときに余分なエネルギーを放射線として放出する。この現象が「放射性壊変」と呼ばれ、この壊変の頻度は「ベクレル[Bq]」という単位で現わされること、1 Bqは1秒間に1個の原子核が壊変することを意味すること、放射線を計測することでこの壊変の回数を知ることができること」などの解説があった。

 ただ、カリウム40の半減期は12.48億年であるが1秒後に壊変する原子もあれば125億年後に壊変する原子もあると例を挙げながら、「100 Bqの放射性物質が必ずしも1秒間に100壊変するとは限らず、1秒間に90壊変することもあれば、120壊変することもあることや、放射性壊変が生じるのはその原子核が壊変前と壊変後の状態の間でゆらいでいるからで、その壊変はランダムに起こる」とも説明した。

 

放射線教育フォーラム 吉澤幸夫さん

 

 吉澤さんは、具体的な例を挙げながら「放射線改変」についての詳しい説明を展開。最後に、測定時間を長くすることによって測定結果に対する相対的な標準偏差を小さくできることから、放射線の計測をするときの取り組み方として「低濃度の放射性物質の場合で正確な値が欲しければ、長時間の測定する必要がある」と講演を締めくくった。

 

68 %のデータは90~110壊変に含まれ、95 %のデータは80~120壊変に含まれる

 

*この日の3講演で使われたスライドは、後日、抜粋版が放射線教育フォーラムのウェブサイトに掲載される予定。

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