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中学校の授業ノウハウを高校で学ぶ ―令和5年度「中学理科で使える高校理科の技術」講座―

 

 名古屋経済大学市邨高等学校では毎夏、中学校の先生方を対象に「中学理科で使える高校理科の技術」講座を開催している。他ではなかなか学べない授業ノウハウを学べるのが特色で、放射線教育にかかわる内容のものも多くある。

 令和5年度(2023年度)も高感度の霧箱の製作実習とその霧箱を用いた宇宙線の観察のほか、中学の理科で役立つヒントがいくつも紹介された。手作りの霧箱で宇宙線を見ることができるものは珍しく、理科室に一つあると生徒の興味を高められると思われた。

 

■簡単に作ることができる高感度霧箱

 宇宙空間を飛び交う宇宙線は放射線の一種で、地球にも降り注いでいる。この飛跡を霧箱で観察できれば、子どもたちは宇宙線や放射線を身近なものとして実感できる機会となる。ただ、簡易な霧箱では感度が低く、この宇宙線の飛跡を観察することは難しい。

 

講座の会場の様子

 

 そこで、名古屋大学基本粒子研究室客員研究員・林熙崇(ひろたか)先生は自ら高感度霧箱を開発し、地球の環境中にある放射線だけでなく、宇宙線の飛跡も見ることができるようにしたのである。この日の講座では、その「林式高感度霧箱」の製作方法が伝授された。

 

霧箱の製作を指導する林先生

 

  参加した中学校の先生方は、林先生の指導の下、一人一つずつ、高感度霧箱(完成サイズ:幅約19cm、奥行き約12cm、高さ約14cm)の製作にチャレンジした。あらかじめ材料は用意されていたが、すべてがホームセンターなどで容易に購入できるものだった。また、簡易な霧箱ではエタノールを用いることが多いが、この高感度霧箱では安価な燃料用アルコールを用いている。

 特別に複雑な作業もなく、手順毎に説明を聞きながら、どの受講者もスムーズに作業を進めることができていた。製作に取りかかって1時間ほど経過で全員が無事に完成させていた。

 

■霧箱で宇宙線を観察

 この霧箱の最大の特長は、アルコール蒸気の過飽和層が安定した状態で深く作ることができることである。アルコールを注ぎ、ドライアイスをセットし、部屋の電気を消してLEDライトを当てると、やがて多くの飛跡が見えてきて、受講者からは「すごーい」「きれい」「たくさん見える」という声が聞こえてきた。

 霧箱が完成すると、そのまま観察の時間に移り、林先生が「どんなものが見えたのか、その飛跡を描いて記録してください」と声をかけると、参加者が観察しながらスケッチをはじめた。

 

 

製作した霧箱を観察する参加者と林さん

 

霧箱の中に現れた放射線の飛跡

 

 その作業が終わると、グループで飛跡の種類を整理してまとめ、最後に全グループが発表して参加者全員で共有した。

 

見えた放射線の飛跡の形をグループごとに発表

 

 林先生は、この発表を踏まえて飛跡のそれぞれの特徴と線種の関係を説明された。細いが長い直線や糸くずのような形を描くものが宇宙線(ミューオン)や宇宙線(γ線)由来の飛跡であると伝えた。加えて、ミューオンは素粒子の一つで、近年、エジプトのピラミッドの透視に使われて、未知の巨大空間の発見につながったことにも触れていた。

 また、林先生が過去に撮影した珍しい現象の映像もいくつか紹介。γ線が霧箱内の空気(窒素あるいは酸素)の原子にぶつかることで現れるシャワーのような飛跡が映し出されると、受講者からは歓声があがっていた。

 

 この講座を主催した名古屋経済大学市邨高等学校理科教諭の大津浩一先生も、宇宙線(ミューオン)を観察しやすくなるノウハウを紹介した。この高感度霧箱の内側の壁に沿って薄い鉄板を置くと、似た軌跡を描く他の線種の飛跡を排除することができ、宇宙線の飛跡を捉えやすくなると教えた。受講者は林先生や大津先生の話を真剣な表情で聞き、メモをとっていた。

 

■クルックス管と霧箱を使った実験

 高感度霧箱の製作と観察が終わったあと、クルックス管から発生する低エネルギーのX線を使った実験も行われた。その線量を計測器で測定したり、製作した霧箱の中でどのように飛跡が生じるかを観察した。霧箱の中ではっきりとした飛跡が現れると、参加者たちは身を乗り出しながら見入っていた。「おもしろい!」と口にする受講者もいて、授業に役立つヒントをつかんでいる様子がうかがえた。

 

クルックス管から発生するⅩ線の測定と霧箱での観察をしている様子

 

 また、測定器を移動させながら測定すると、クルックス管のそばでは高い数値を示すが、少し離れるとすぐに低くなることも確認できた。安全に実験するためには、クルックス管から1m以上離れるという感覚をもっておくことが大事だと、大津先生は助言していた。

 さらに、大津先生はデータロガーを活用した自然放射線の測定方法も紹介した。貸し出しサービスを利用して調達した線量計を背負って登山し、標高が高くなると宇宙線の量がどのように変わるかを調べた自身の研究を報告された。宇宙線と標高の関係をうまく捉えることはできなかったが、放射線のデータ(日時、線量率、緯度、傾度、標高、cpm〈1分あたりの放射線の計測数)をグーグルマップに記録することができ、この記録からいろいろな気づきが得られるということであった。

 この時は「歩いた場所によって線量が異なることに気づいた」と報告。特に多かったところには沢があったことから、その場所が水の流れでえぐられて、放射性物質を含んでいる物質が多くあらわになったのかもしれないということであった。「このような機器を借りれば、いろいろなところに行って線量を測ることができる。防水ケースに入れれば、海の中でも測ることができる。中学校の先生方もやってみてはどうか」と案内していた。

 

左から大津先生、林先生、手前は大型の高感度霧箱

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