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「自然放射線の飛跡が見える霧箱をつくって観察する」 -名古屋経済大学市邨高等学校で中学理科教員に向けた講座-

 

 令和4年3月29日、愛知県名古屋市の名古屋経済大学市邨高等学校で「中学校理科で使える高校理科の技術」という講座が開かれた。ワークショップ形式で、自然放射線を観察することができる高感度霧箱の製作と観察、科学研究部の生徒の研究発表、標高3000mでの放射線の挙動についてなどが紹介された。さらに、講座終了後、希望した先生方が作製した霧箱でセラミックのα線源による放射線や冷陰極型クルックス管の漏洩X線を観察した。

改良を重ねた最新の作り方で霧箱を一人ずつ作成

 

■新学習指導要領全面実施がスタートして

 中学校では、令和3年度より新学習指導要領(平成 29 年告示)が全面実施され、第2学年と第3学年で放射線について理科の授業内容として学ぶこととなった。しかし、霧箱についての製作方法や取扱方法の詳しい解説がないこと、一方、高等学校では以前より放射線教育が必須であり、物理の授業や科学研究部の活動で霧箱の製作や実験を行っていることから、本研修は、愛知県を中心とした中学校の理科教師を対象に名古屋経済大学市邨高等学校の先生方が毎年行っているものである。

 「今年も同様の講座を夏に開催する予定であったが、コロナ禍で延期となったため、半年ほど遅れたがここに開催することができた。私が学生の頃はウィルソンの霧箱で観察していた記憶があるが、本講座の霧箱はとても観察がしやすいものとしてぜひ多くの方に伝えたいと考えている。」という澁谷有人校長のご挨拶から講座はスタートした。今回で4回目の開催となるが、この日は、愛知県内の公立中学校の理科の先生を中心に、名古屋経済大学市邨高等学校の先生や科学研究部の生徒等、総勢22名の参加を得た。

 

「林式高感度霧箱」の材料

 

霧箱を撮影した動画による解説

 

■自然放射線を可視化することができる

 今年度の講座も「林式高感度霧箱」の製作からスタートした。

 この霧箱は、元高校教諭の林熙崇先生(現在は、名古屋大学理学研究科素粒子物理系基本粒子研究室「通称F研)の客員研究員)が開発したもので、自然放射線の飛跡を観察することができる。一般的な手作り霧箱は、線源となる放射性物質を霧箱内に入れる場合が多いが、「林式高感度霧箱」はその必要がない。林先生によると、「林式高感度霧箱」の大きな特徴は、「霧箱の底がアルコールで十分満たされているほうが、自然放射線(α線、β線、μ粒子)が見えやすく、また、ドライアイスを交換すれば数年動き続けることができる」とのことであった。

 筆者も既に4台製作したが、毎年マイナーチェンジを繰り返しており、同じものは一つもない。「霧箱も年々改良を重ねてとても感度が上がり、観察がしやすくなっている」と林先生は話していた。今年度はさらに作製手順が簡略化され、これまでに比べ、格段に作りやすくなっていた。

 完成した霧箱をドライアイスの上に置き、燃料用アルコールを入れて、霧箱の上をラップでふたをしてからゴムで固定し、しばらく時間をおいていざ観察が始まった。会場を暗くし、LEDライトの明かりを付けて霧箱の中をのぞくと、自然放射線の飛跡が見え始めた。

 「見えた!」「すごい!」の声が会場のあちらこちらの参加者から上がり、全員が自然放射線の飛跡を観察することができた。また、会場の後方には、林先生が持参されたさらに大きな霧箱が設置され、中を覗くと絶えることなく明瞭に自然放射線を観察することができた。

 この講座を受講した岩井春樹先生(名古屋市立若水中学校教諭)は、「小さなシャーレサイズの霧箱を作製したことはあるが、このような大きな霧箱を作製したのは初めてです。霧箱のサイズが大きいと、生徒が大勢で見ることができるのでとてもよいと感じました」と感想を話していた。

 この講座の講師を務めた林先生は、「生徒たちが正しく放射線や宇宙線のことを知ってほしい。そして、見えないものを見ることができる霧箱をこれからも作ってもらい、多くの人に広めてほしい」と講座の最後には強く想いを語っておられた。

 

受講者に工作を指導する林先生

 

■霧箱の今後の可能性は…

 その後、名古屋経済大学市邨高等学校の科学研究部の生徒が研究発表を行い、最後に「林式高感度霧箱」を標高 3000m(乗鞍岳)で観察したときの様子について説明があり、「標高が高い方が、より飛跡が多いと言えるだろう。ただその要因が宇宙線なのか、感度が高いことによるのかは検証が必要である。」と本講座の中心的な役割を担っている大津浩一先生(理科教諭)からコメントがあった。

 さらに、講座終了後、希望した先生方が、作製した霧箱でセラミックのα線源による放射線や冷陰極型クルックス管の漏洩X線を観察した。

 特に、平成 29 年度告示の学習指導要領では、第2学年で「真空放電と関連付けながら放射線の性質と利用にも触れること」という記述が新たに加わった。このことからも、クルックス管の漏洩X線を霧箱で観察する方法は、放射線の主な性質である「透過性」、「電離作用」を示す方法として活用され、発展していくことが期待される。

 最後に、大津先生たちは、来年度も中学校の先生に向けた講座を開くことを考えているとの話があった。特に、大阪府立大学(2022 年4月より、大阪市立大学と大阪府立大学を母体に新たに「大阪公立大学」となる)の秋吉優史先生を講師にお招きし、今回作製した霧箱も活用したクルックス管のセミナーを加えて開催する予定であるとのことであった。

 

左から、大津先生、林先生

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