教員向け研修会

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高校生たちがハイレベルの研究を披露し競い合う( ―ハイスクールラジエーションクラス―)

 

 高校生たちが自ら取り組んだ放射線の研究成果を発表し合うコンテストの「ハイスクールラジエーションクラス」が2022年10月30日に大阪市内で開催された。主催は「みんなのくらしと放射線」知識普及実行委員会で、大阪公立大学の「I-siteなんば」を会場に対面とオンラインのハイブリッド方式で実施され、いくつものハイレベルの研究発表や質疑応答が活発に行われた。

 参加した生徒たちにとってこのコンテストの経験は、放射線の研究のおもしろさや奥深さを再認識する良い機会となった。

 

 ■全国10校の高校生たちが参加

 当日のプログラムは3部構成で、課題テーマ「放射線と私たち」についての高校生たちの研究発表コンテストに加え、放射線技術を活用した仕事に関わる方の講演会や、大阪公立大学の学生との交流会も開かれた。

 講演では、病院に勤める診療放射線技師のプロがその仕事の内容や放射線技術がどのように役立てられているかの説明があった。高校生たちは医療現場のリアルな話に耳を傾けながら、実際の放射線応用についての知識を深めていた。

 交流会では、大阪公立大学の学生と高校生がグループを作って、対話を通して大学での学びや研究のおもしろさなどを楽しくグループで共有していた。高校生たちの姿からは、憧れのキャンパスライフに胸を膨らませている様子が見られた。

 メインのイベントである研究発表コンテストでは、これまでの同様の企画で一番多くの参加校数となる全国から10校の高校生たちの発表が行われた。コンテストの研究課題が自由度の高いテーマだったこともあり、発表では、放射線への科学的な興味の深さだけでなく、高校生らしいエネルギッシュな若さも感じられる多様な視点からの様々な研究が発表された。

 

■宇宙線測定、検出器を担いで富士山頂へ

         【富士山での宇宙線観測】

 

 開成高等学校(東京都)の生徒が発表した「富士山での宇宙線観測」では、自ら富士山の山頂まで登り、連続的に測定した宇宙線がどのように変化したかを調べた。

 この生徒は、先行研究から宇宙線が標高3,000 mを超えると指数関数的に増えるはずだと考え、計測器2台を担いで富士山頂までアタック。その計測データを分析すると、宇宙線到来頻度と標高の間には強い相関が見られ、高度を増すごとに宇宙線到来頻度が増加していたことを明らかにした。

 このデータを得るまでに、ノイズを除去しなければならないなどの困難がいろいろあった。しかし、生徒は途中で諦めることなく探究を続け、最後は五合目から自分の足で富士山頂まで検出器2台で測定して、求めるデータを捉えた。ただ、宇宙線到来頻度と標高の関係が直線的なのか指数関数的なのかはまだ確認できていないとのこと。

今後は、2台の検出器を離したり、航空機や気球による高高度での計測も行ったりして、宇宙線の到来数を劇的に増加するさまを観測したいと語っていた。

 予期せぬ結果が出ても前向きに研究を進めていく姿勢がよく伝わる内容だった。質疑応答の時間でも他校の教員から「自身の実体験を踏まえた研究で感動した」というコメントがあった。

 

 ■放射線の強さで山の地質を特定

       【放射線測定で大文字山を探る】

 

 自校の先輩の活動を引き継いだ研究もあった。京都府立桃山高等学校の生徒たちは、先輩たちが実施した鶏冠山(滋賀県の金勝アルプス)でのフィールドワークの成果を踏まえ、大文字山で、地中でマグマの熱によって形成された火成岩である花崗岩と熱変成を受けてできたホルンフェルスから放出される自然放射線を測定し、その強度の違いを指標として「放射線の測定によって地質の特定は可能かどうか」を探究した。

 対象にしたフィールドは「五山の送り火」で知られる京都の大文字山(大北山)。この有名な山の地質が本当に地質図通りなのかを確かめていった。

 先輩たちの先行研究では、花崗岩からの放射線は比較的多く、ホルンフェルスからの放射線は少量であることが確かめられた。地質図で大文字山を調べると、そこには花崗岩やホルンフェルスの地質が示されていたが、果たしてその通りなのか。生徒たちは、4種の測定器を使用して大文字山を歩き、岩石が露出しているところを測定し、その計測結果から地質を推測して既存の地質図と比べた。

 すると、計測した12地点のうち、ある特定の地点で測定値が低くなり、その近くで花崗岩からホルンフェルスに変わったことが疑われるデータが得られた。また、ガンマ線のみを測定したデータからは、花崗岩の場所についても推定できた。

 これらの計測結果から、花崗岩とホルンフェルスの境界線は今の地質図よりも北側にあるのではないかと考えた。

 2回のフィールドワークを経て、生徒たちは自ら立てた「放射線測定による地質の特定は可能か」という問いに対して、「可能である」と結論づけた。今後は、計測範囲を拡大し、地質の貫入角も推定したいと抱負を語っていた。

 質疑応答では多くの質問が出た。「測定器をビニールなどに入れて土の中に埋めて計測してはどうか」と助言する場面も見られた。審査した大阪公立大学の教員からも「それぞれの岩石にどのような放射性核種がどのくらい含まれているのか、文献を調べることが必要」などとアドバイスされていた。

 

■「復興」という文脈がイメージをゆがめている

           【なんとなくの福島】

 

 福島県立郡山萌世高等学校の生徒は「『 なんとなく 』 のふくしま〜 無意識下で生じるイメージとは? 〜 」と題して、東日本大震災や原子力発電所事故後の「ふくしま」の印象をテーマにしたユニークな発表をした。

 この生徒はまず、福島県の内陸にある郡山市内の様子と海沿いの富岡町の風景写真を聴衆に示し、どのように感じるかを問いかけた。この風景写真は、福島の広さを示すために同じ県内でも景色が大きく異なる地域の2枚の写真で、郡山に住んでいる発表者も県外の人と通じる感覚があると告げた点に独自の視点が感じられた。

 郡山からすると、海側の農作物が原発事故による風評被害を受けていることには他人ごとのイメージをもちつつも、福島県の人が活躍していると知るとうれしくなると告白し、「自分は『ふくしま』を使いわけている」と自己分析した。

 その上で、県内の米の全量全袋検査で基準値を超えるものが1袋もないことを福島県内の高校生でさえもその30%近くが知らないじょうきょうにあるとも報告があった。

 さらに、福島県内の小学校や中学校で行われる放射線の授業や原発事故の視察見学などの学びの多くに「復興」という文脈が設定されていて、そこに「違和感を覚えるようになった」とも語った。そして、福島県の内外で何気なく目にする「復興」という言葉が「なんとなくのふくしま像」というイメージを形づくっているとも主張していた。このイメージ形成の要因の一つにメディアの影響があると考え、今後は、メディアの関係者にどういった意図で報道を行っているのかをアンケート調査する予定であると語った。また、「復興」ではなく、新しい未来を作る「新興」という言葉が適切ではないかとも語った。

 最後に、被災地の人たちから聞いた声を紹介しながら、福島の今を知るために「なんとなくのイメージをもっていてもいいので見に来てほしい」とも訴えた。重いテーマだったが、終始明るい笑顔の高校生が語る前向きの内容に多くの人が感銘を受けたようで、審査員の大学教員も「この会場にいる皆さんが今後、福島のことを考えていく一つのきっかけになったと思う」というコメントを寄せていた。

 

■霧箱を用いた大学レベルの研究

          【霧箱で見る放射線と宇宙線の世界】

 

 大学レベルの研究に取り組んでいる高校生もいた。神奈川県立川和高等学校の生徒は、霧箱と放射線の検出器を組み合わせることで、放射線の種類を区別しながらエネルギー値を測定できる容易な仕組みを考えた。

 性能の良い霧箱を用いると宇宙線・アルファ線・ベータ線などの放射線を、およそ識別できる。一方、放射線のエネルギー値を測ることができる検出器は、放射線の識別ができない。そこで、この生徒は「霧箱と検出器を組み合わせ、検出器のエネルギー値のデータと視覚的情報から宇宙線のエネルギー値を測定する実験」を始めた。そうすれば、霧箱で一つ一つの放射線を識別しながら、放射線検出器でそれぞれのエネルギー値を特定できると考えた。

 実験では、放射線がセンサーのような役割のシンチレーターの上を通るときの飛跡と、放射線検出器が捉えたエネルギー値をパソコンの画面上で同期。その画面を動画として録画し、その4時間分の動画を0.1から0.5倍速で再生して飛跡分類とエネルギー値を記録していった。その結果、放射線の飛跡ごとにエネルギー値(信号電圧を0~1023に分割したもの)を計測できるようになった。

 そのエネルギー値を見ると、宇宙線については216以上に分布。ベータ線は全体的に200以下に集中していた。この生徒によれば、先行研究から宇宙線のエネルギー値は200以上出ると言われているものの、直接的な証拠はなかった。今回、この研究によってそれを確かめることができたことになる。

 高校生でも工夫すれば高いレベルの研究ができることを示した発表だった。審査員の大学教員は「動画を測定し、飛跡の測定を容易にする工夫と努力は大学生レベル」と講評した。

 

■放射線が高校生の研究意欲を刺激した

 これらの発表以外にも、高校生たちの個性と努力が光る放射線の研究がいくつも見られた。例えば、霧箱とクルックス管を使って1000本以上の飛跡の長さを3回測定した研究や、安価なWebカメラを改造して放射線を測定し画像を解析するという研究、クルックス管で飛ぶ電子の速さを測るという研究もあった。

 また、現在の社会で応用できるのではないかと思わせる研究もあった。例えば、病院で陽子線治療を受けるときの被ばく量を低減するための研究や、原発のある福井県の生徒らが学校設備による放射線の遮蔽効果を調べる研究、福島県の生徒による災害に強い街づくりの具体的な提案もあった。

 この研究発表コンテストで中心的な役割を果たした大阪公立大学の秋吉優史准教授は、最後のあいさつで「とてもレベルが高く、大学院生顔負けの実験がたくさんあった。また社会的な問題に取り組んだ発表もあり、さまざまな形の研究があったことをうれしく思う」と、このコンテストに手応えを感じているようだった。今後も何らかの形で続けたいとも語っていた。

 高校生たちの各発表は大阪公立大学の教員によって審査され、最優秀賞(1校)と奨励賞(2校)が決められた。最優秀賞に選ばれたのは神奈川県立川和高等学校の生徒が発表した「霧箱で見る放射線と宇宙線の世界」。また奨励賞は、埼玉県立川越女子高等学校の生徒による「散乱陽子を用いた線量分布の可視化」と開成高等学校の生徒が取り組んだ「富士山での宇宙線観測」に贈られた。最優秀賞に選ばれた生徒は、「このような発表をするのは今回が初めてで、声が震えてしまい、あまり出来の良い発表ではなかったと思うが、誇らしい結果が得られて良かった」と、うれしそうな表情を見せていた。

 

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