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中学生にどのような話題を提供し活動させるか (NPO法人放射線教育フォーラム主催:2022年度第1回勉強会)

 

 NPO法人放射線教育フォーラムは2022年6月12日、2022年度の第1回勉強会を開催した。テーマは「放射線の理解を深めるための授業について考える」。今回の勉強会では、東日本大震災からの復興を目指して設置された復興庁の取り組みや、研究用原子炉で得られる中性子場を用いた応用例などを紹介。私立中学校における具体的な実践例の報告もあった。

 

■風評の払しょくには正確な情報と魅力的なイメージ

 最初に登壇したのは、復興庁で風評対策を担当している中見大志さん(原子力災害復興班)。原子力災害による風評影響を払しょくするための復興庁の取り組みを紹介した。題は「東日本大震災からの復興と風評払拭に向けた取り組み」。教育現場での発信にも力を入れ始め、中学校にオンラインで出前授業をしたこともあるという。

          復興庁の中見大志さん

 

 「風評は人の心にかかわるところがあるので、対策のとり方が難しいと日々感じている」と中見さん。手探りで風評影響の払しょくに対して取り組んでいると話す。

 現在、福島県の製造品出荷額は、県全体では震災前と同じぐらいまでに回復したが、原子力災害被災12市町村では回復状況が8~9割程度にとどまっているという。「この地域の復興は道半ばの状況になっている。また、その地域の中でも、復興の進捗について濃淡がかなりある」と中見さん。一部の品目については、全国平均との価格差が変わらないまま。出荷量についても同じ傾向が見られるという。

 「発生直後は確かに消費者が不安を覚えて福島県産の農産物などの購入を控えたが、今では消費者の不安はかなり薄れている。それなのに、小売や卸売の事業者が『今も消費者は福島県産に不安を感じているのではないか』と考え、その忖度(そんたく)のようなものが販売棚の減少や多県産品の置き換えとなってしまっている」という。その結果、生産者が生産の抑制をしなければならない状況になっているとのこと。この固定化した状況をいかに打破するかが重要な課題だと、中見さんたちは考えている。

          風評が連鎖していくイメージ

 

 「多くの方に実際に食べていただくことが風評影響の払しょくにつながる」と、消費者の行動の変化が一番効果的であると中見さんは語る。復興庁では今、「福島県の復興の現状を知ってもらう」「福島県産品を食べてもらう」「福島県に来てもらう」の三つの観点で、インターネットやSNS、ラジオ、テレビなどを活用した情報やイメージの発信を国内外で展開。また、伝達するときには「検査をきちんとやっていることも入れ込む」とのこと。正確な情報とイメージの両方を伝えることが重要であると強調した。

 さらに、地域が自ら情報を発信することも支援。採択された事業の中には、震災の事実や教訓を継承・発信するために高校生を語り部として育て、県外の学校との交流を通じながら福島の今を発信するというものもある。また、復興庁や経済産業省では、学校の教育現場に赴いて、出前授業という形で情報を発信する取り組みも始めた。「今後、この取り組みを全国に広げていきたいと考えている」と、中見さんは話していた。 

 

■研究用原子炉の中性子で元素を見分ける

 2番目の講演者は、計測技術の研究をしている三浦勉さん(国立研究開発法人 産業技術総合研究所 物質計測標準研究部門)。研究用の原子炉で得られる安定した中性子場を利用して、物質にどんな元素が含まれているのか高い精度で測定できる中性子放射化分析について紹介した。題は「研究用原子炉を用いた中性子放射化分析」。中学校や高校における放射線の授業で紹介できる話題になると思われた。

          産業技術総合研究所の三浦 勉さん

 

 中性子放射化分析法とは、物質から出てくるガンマ線(壊変ガンマ線)を測定することで、そこにどんな元素があるのかを特定する方法。まず、原子炉で生じた中性子を狙った核種に照射。そして、中性子が過剰になって不安定となった核種が壊変して安定核種になるときに出てくるガンマ線を調べる。

 中性子なので、陽子やアルファ粒子に比べて電荷の反発がなく、良い反応が得られるという。また、検出するガンマ線は透過率が高いので、正確な定量分析(定量値算出)もやりやすいとのこと。さらに、試料を分解したり溶解したりする必要もないので、クリーンルームが不要。わりと容易に全量分析ができるとのこと。

 分析に向いているものは、例えば土壌や植物、岩石、鉱物などの身近なものから、宇宙塵や大気浮遊塵などの極微少量試料、シリコン半導体材料のような高純度物質、隕石やセラミックスなど溶かしたり分解したりするのが困難な試料までと幅広い。科学捜査や考古資料などにも応用されているという。

 

 三浦さんは、この分析法の応用として地質学の試料を調べた事例を紹介。かつて、この方法でイタリアにある白亜紀・第三紀境界の粘土層に含まれる元素を測定したところ、イリジウムの量が特徴的に多いことがわかった。この発見により地球外物質の寄与が示唆され、この論文が1980年に出たところ大論争に発展。2000年代に入ってメキシコで地質的に対応する隕石口が見つかり、論争に決着がついたという。

 また、日本の探査機「はやぶさ」(初代)が回収した小惑星イトカワの3 μgほどの微小粒子も、この方法で分析されたという。そして、さまざまな元素をナノグラムレベル以下で定量でき、「この分析からイトカワがどのような過程をたどってきたのかを宇宙科学的に考察できた」とのこと。中性子放射化分析は、とても正確な分析ができる優れた方法だと、三浦さんは何度も強調する。

 しかし、日本国内の研究用原子炉は減少している。放射化分析を研究手段として用いる大学・研究者も減っているという。この有用な分析法が絶えることなく、これからも使用できるように活動していくと語っていた。

 

■私立中学校における放射線教育の実践

 最後に登壇したのは私立の立教新座中学校・高等学校で理科を教える島野誠大さん。自身が取り組んでいる放射線教育の実践について報告した。題は「立教新座中学校における放射線教育」。理解の難しい放射線でも、さまざまな活動を組み合わせると子どもたちの興味を引きだすことができることを示していた。

    島野誠大さん(立教新座中学校・高等学校 理科教諭)

 

 現行の学習指導要領における理科では、中学2年の「電流」と中学3年の「エネルギーと資源」の単元で放射線を教えることになっている。島野さんが教える学校では、学習指導要領に沿いながら、中学3年の3学期のときにオリジナルの放射線教育を6~7時間程度で編成して実施しているという。

 例えば、日本科学技術振興財団から実験セットを借りて生徒に取り組ませる。前年度は1校時かけて校内の自然放射線を自由に測定して記録したという。「校内にある礼拝堂の手洗い場で使われている御影石から0.1 μSv / h近くの線量を測定すると、生徒は放射線が身近にあることを感じ取るようです」と島野先生。

 また、副読本などを利用しながら、ときには独自の説明を加えて高校の「物理基礎」に出てくる放射線にも少し触れていく工夫も加えるという。さらに、復興庁の職員の出前授業では、福島の風評影響を「自分事」にするためのグループワークを実施し、どうすればなくせるかを生徒自ら考えていくとのこと。東京理科大学の教授による出前授業なども実施するという。

        日本科学技術振興財団による貸出事業

 

 この放射線の授業では、最後に個人レポートの作成にも取り組む。生徒が自分から情報を調べたり、資料を作成したり、自ら課題を立て解決方法を検討したり提案したりすることの重要さを意識させるように導くという。「単に放射線について理解するだけでなく、放射線の利用について発展的に学習できることを期待しながら授業をしました」と島野さん。

 具体的には、資源エネルギー庁が発行している冊子「わたしたちのくらしとエネルギー」を利用。この冊子を理科分野、社会分野、技術分野に分けて、生徒たちの間で分担して、それぞれの生徒が担当したところを読み込み、「その情報を発表して交換するジグソー法を取り入れた」と工夫。その後、太陽光発電や放射性廃棄物、エネルギーミックス、エネルギー利用技術について今後どうするかという課題を設定して、各生徒がそれぞれレポートを作成した。「冊子だけを読んで書く生徒もいたが、中には自分から他の資料を探して読んだり、科学館に行って調べたりした生徒もいました」とのこと。

 また、この学習活動をする前と後で、生徒にアンケートをとったところ、事前では多くの生徒が放射線について「怖い」と思っていたが、事後は「身近なものである」「特性を知れば怖くない」「特性を知れば活用することができる」と考える生徒が増えていたとのこと。島野さんは「今後も改良しながら放射線の授業を継続していきたい」と語っていた。

 

■中学校で実践できる実験はいろいろある

 三つの講演が終わると意見交換の時間が設けられた。登壇者への質問が終わってフリーディスカッションになると、私立学校で理科を教える島野さんに対して教育的な提案や質問が相次いだ。

 例えば、宇宙における物質の成り立ちについて教えることも放射線教育の中で可能ではないかという提案があった。これに対して島野さんは「中学3年の元素合成で宇宙について学ぶ授業があって宇宙の始まりや星の誕生や死を学ぶので、このときに放射線を関連づけると生徒の興味がわきやすくなるかもしれない」と応答。新しい授業のアイデアを得た様子だった。

 また、以前は中学では放射線を教えるタイミングが3年生の最後で、受験が終わって緊張感がなくなってしまい、知識が身につきにくいという指摘があったが、中高一貫校ではそのような問題はないのかという質問もあった。これに対して、生徒たちは他の単元と同じように放射線の授業に取り組んでいると島野さん。「気が抜けるということはなく、純粋に学問として興味をもってくれているのかなと思う」と語っていた。この学校の理科は実験や観察の授業を多くする方針とのことで、放射線についても同様で、それが生徒の好奇心を引きだしているようだ。

 さらに、実験セットに放射線源の試料が複数あれば、それらの重さを量って単位重量や単位体積あたりの放射線量を調べる実験も有意義ではないかという提案もあった。島野先生は「その比較実験は面白い。生徒に身近にあるものを持参させて調べると、強い興味をもつかもしれない」と語っていた。また、その質疑応答を聞いていた別の参加者から「福島県産の食品を取り上げると風評を払しょくする効果もあるのではないか」という声も出るなど、放射線教育のアイデアが次々に生まれていた。

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