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第23回

発電しない原子炉の使い道

近畿大学原子力研究所
教授
若林源一郎

私が勤務している近畿大学には原子炉があります。原子炉があるというと、たまに「自前の原発があるなら電気代がかからなくていいですね!」とか、「大学で使う電気は全部そこで発電しているんですか?」などと言われることがあります。しかし、近畿大学の原子炉は全く発電していませんので、大学で使う電気は関西電力から買っています。

原子力発電所では、原子炉で発生する熱で水を沸騰させて、その蒸気で発電機を動かして発電しています。原子力発電所(電気出力100万キロワット)の原子炉の熱出力は30億ワットくらいありますが、近畿大学の原子炉の熱出力は1ワットしかありません。人体の発熱量がだいたい100ワットくらいですから、たったの1ワットでは当然水を沸騰させることはできませんし、蒸気で発電機を動かすこともできません。

原子炉は発電所にあるもの、すなわち「原子炉=原発」と思っている人が多いので、近畿大学の原子炉が全く発電していないと言うと「一体何のためにそんな原子炉があるのか?」と不思議に思うようです。実は、このような発電しない原子炉は試験研究用原子炉(略して研究炉)と呼ばれ、その使い道は一言でいうと「中性子発生装置」です。

原子力発電所の原子炉(発電炉)も研究炉も燃料はウランです。ウランの同位体であるウラン235の原子核に中性子が吸収されると、原子核が二つに分裂する核分裂反応が起き、同時に大きなエネルギーと新たな中性子が2~3個放出されます。放出された中性子の一部がまた別のウラン235原子核に吸収されると再び核分裂反応が起きます。このように、核分裂反応が次々と続いていくことを連鎖反応といって、原子炉ではこの反応を制御して持続させています。発電炉も研究炉も同じ原理で動いていますが、発電炉は反応で生じるエネルギーを利用するための原子炉、研究炉は反応で生じる中性子を利用するための原子炉ということになります。

では、中性子を使うとどのようなことができるのでしょうか?分かりやすい例として、中性子ラジオグラフィについて紹介しましょう。ラジオグラフィというのは簡単にいうとレントゲン写真のことで、物体の内部を透視する技術の一種です。みなさんも健康診断など、病院でレントゲン写真を撮ってもらったことがあると思いますが、病院で撮影するレントゲン写真ではX線という放射線を使います。人体を撮影すると、筋肉や脂肪など軟組織の部分が透けて、骨や歯がくっきりと浮かび上がりますが、なぜX線でこのような写真が撮れるのでしょうか?

X線という放射線は、原子番号の大きな物質に遮られやすく、原子番号の小さい物質は通り抜けやすいという性質があります。そのため、X線は炭素や酸素、水素など軽い原子でできた軟組織はやすやすと通り抜けていきますが、カルシウムやリンなど比較的重い原子でできた骨や歯には遮られてしまいます。そうすると、ちょうど影絵のように骨や歯の「影」がくっきりと写真に写るのです。これが普通のレントゲン写真です。

考えてみると、人間の身体はX線を使って透視するのに向いている構造だと言えます。つまり、原子番号の大きな物質が内部にあり、原子番号の小さな物質が外側を取り囲んでいるので、X線を当てると外側の物質が透けて内部の物質だけが浮かび上がります。では、人間とは全く異なる構造の生き物のレントゲン写真を撮るとしたらどうでしょうか?例えば、ホタテ貝のレントゲン写真を撮って健康診断をしたいとしたら・・・。ホタテ貝の身体の構造は、人体とは全く逆です。つまり、軽い原子でできた軟組織が内部にあり、外側を重い原子でできた硬い殻に覆われています。この場合、X線を当てても貝殻に遮られてしまいますので、貝殻の影がくっきりと写真に写るだけで、中の様子は分かりません。X線とは逆に、原子番号の大きな物質を通り抜けやすく、原子番号の小さな物質に遮られやすい放射線があれば、ホタテ貝のレントゲン写真を撮れるのですが・・・。そこで登場するのが中性子線という放射線です。

中性子線は原子番号とは関係なく、主に水素によって遮られます。したがって、ホタテ貝に中性子線を当てると、貝殻は通り抜けていきますが、水分をたっぷりと含んだ軟組織には遮られますので、写真にはホタテ貝の中身が影となってくっきりと浮かび上がることになります。これが中性子ラジオグラフィで、中性子線を使ったレントゲン写真です。X線発生装置は街中の病院にも普通にありますが、中性子発生装置は滅多にありませんので、中性子を発生する研究炉は中性子ラジオグラフィに大いに活用されています。

実際にはホタテ貝の健康診断をする人はいませんが、中性子ラジオグラフィは原子番号の大きな物質(金属など)を透かして水素を含む物質(水、油、生物の軟組織など)を可視化するという面白い特長がありますので、内燃機関の中の潤滑油や燃料の挙動の観察や、宇宙ロケットの火工品の検査、植物の生育状況の観察、燃料電池の中の水の挙動の観察など、様々な産業分野や研究開発に利用されています。

研究炉には、この他にもいろいろな使い道があります。原子炉そのものの研究はもちろん、原子力分野の人材育成(近畿大学の原子炉の主な使い道はこれ)、中性子を使った様々な理化学研究、診断や治療に使う放射性医薬品・医療用放射線源の製造、殺菌・滅菌や非破壊検査等に使う工業用の放射線源の製造、ごく微量の物質の成分を分析できる放射化分析、高品質の半導体の製造、中性子線を使った最新のがん治療など、多岐にわたっています。ここでは一つひとつを詳しく説明することはできませんので、興味を持った人はぜひ自分で調べてみてください。

このように研究炉は、発電していなくても私たちの生活の舞台裏で医療・産業技術や科学研究を支えています。現在、日本には近畿大学の原子炉を含め9基の研究炉があります(うち1基は廃止予定)。世界では200基以上の研究炉が運転されており、オーストラリアのように原子力発電所は無くても研究炉は持っているという国が数多くあります。新たに建設中、計画中の研究炉も多く、これからも研究炉が作り出す中性子線が大いに活用されていくことでしょう。

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