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第22回

放射線教育の充実に資する ~「放射線教材コンテスト」を大きく育てたい~

全国小学校理科研究協議会
会長
森内 昌也

 令和3年度を迎えました。依然として感染症の猛威が続いています。学校においては、「3密」の防止と共にマスクの着用や手指消毒が、感染症拡大防止のルーティンとして定着しました。いずれの取組も、国をはじめとする感染症防止のガイドラインに沿ったものであり、その根底は科学的な知見に基づくものです。電子顕微鏡によりウイルスの全容が捉えられ、ウイルスを体内に入れないようにするにはどうするか――この予防対応を児童生徒は理解し取り組んでいます。科学的知見が私達の予防対応の共通理解を成していると言えます。


 感染症より「らでぃ」が本題とする放射線教育に転じれば、この1年で大きな出来事がありました。本年3月11日、東日本大震災から10年の年月が経たということです。この日は全国各地で、亡くなられた方々への追悼と共に、今一度、復興への誓いを確かめ合いました。震災被災地の復興を統括する復興庁は、発足当初は10年間の時限設置とされていましたが、さらに10年間の設置延長措置が取られました。それだけ、大震災における被害は甚大であり、被害が広範囲に及んでいたことを物語っています。


 甚大な被害の中でも、福島第一原子力発電所事故とその復興に関しては、被災地居住の有無を問わず、我が国全体で捉えなければならない問題を複数有しています。その中の一つに、デマや風評被害による「言われなき差別」があります。私自身、学校教育に携わる者として、看過できない問題と捉えています。文部科学省が発行し、全国の児童生徒に配布されている「放射線副読本」の中にも、心痛む出来事が記されています。小学生を対象とした副読本の「風評被害や差別、いじめ」の章に記された福島県の子供が受けた「放射能が移るからさわんなよ」という言葉です。デマの一端が伝わって疑いもなく発してしまった一言かもしれませんが、科学的な知見とは正反対の、自分の中だけで完結してしまう考え方による一言です。協働の社会を築いていく児童生徒を育てていくためにも、改めて「放射線教育」の必要性が問われていると、副読本は私達に語りかけてきます。コロナ禍の中で、科学的知見に基づいて感染症のウイルスと対峙している今こそ、放射線教育の必要性とその可能性をさぐることが求められています。両者の共通項はもちろん科学的知見です。


 文部科学省が発行している「放射線副読本」は、A4判20ページ程の小冊子ではありますが、放射線に関する基礎知識から始まり、デマや風評被害を根絶させ復興へのあゆみを加速させていくための取組が示されています。術語としての放射線と放射能の違いはもとより、微小である放射線の単位をどうイメージするかなど、初学者である児童生徒が学びやすいように、イラスト、図表を駆使して分かりやすくまとめられています。しかしながら、「放射線副読本」だけで、放射線教育を進めていては、児童生徒の主体的な学びを引き出していくことはできません。「放射線副読本」を基に授業を行う際の教材が求められるのは必定です。放射線教育に必要な教材を開発していくのが、「放射線教材コンテススト」であると言えます。


 昨年度、本コンテストの審査に関わらせていただきました。対象を小学生にした場合、目に見えない放射線をどう可視化していくか、放射線が有する特性をどう児童に伝えていくかなど、開発過程での苦労が画面を通して伝わってきました。放射線の測定における単位の使い分けはもとより、エネルギーの排出による膨大な数値を測定する単位と放射線の構造におけるきわめて微小な単位など両極を成す単位をどのように捉えていくかは、小学生にとっては難解な課題です。今回、全小理会長賞として授与した作品は、小学校の授業でも活用できる絵本としました。仕上げの丁寧さと共に、内容も科学的な知見に基づいて製作されていました。


 小学校において、いかに放射線教育を行っていくのか、我が国の小学校における課題でもあります。理科をはじめとする関連教科の中で行うのか、それならばどの学年から始めるのかなど、全国各地の実態を踏まえて実施していく必要があります。その際に求められるのは、デマや風評被害に惑わされない科学的な知見に基づく理解です。


 放射線の特性を学ぶにあたり小学校理科の四つの領域との関連を考えれば、エネルギー領域・粒子領域・生命領域との関連はすぐに捉えられますが、残る一つの地球領域での扱いが難しいと思われます。しかし、地球誕生から内在されていた放射線により、今の地球の環境が保たれていったことが明らかになり、地球上のあらゆる空間に放射線が存在するのは事実です。放射線とどう関わり、放射線教育をどのように推進していくかは、学校教育に携わる者にとって避けられない課題です。こうした課題に対する時、忘れてはならないのが東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故です。事故後10年を経過してもなお、私達の生活に様々な影響を及ぼしています。その中には、中傷を受けた人々、風評被害やデマに苦しめられた人々がおり、未だに続いているものもあります。皆が納得できる科学的知見に基づく放射線教育を行う意味もここにあります。風評被害やデマと決別するためにも、放射線教育の推進が求められるのです。ただし、放射線全般を理解するのに必要とする科学的な基礎知識が求められるため、学び手の発達段階を考慮しなければならないむずかしさがあるのも事実です。


 しかし、学校教育において科学的な知見に基づいた放射線教育を行うことが、東日本大震災からの復興を後押しする力になると、私は考えています。エネルギー教育と放射線をはじめ、レントゲンから始まる放射線の医療への応用など、放射線のもつ新たな可能性も近年急速に見出されています。特に後者は、がん治療や血管内治療の「カテーテル治療」として技術進歩が著しく進んでいます。


 「放射線副読本」(小学生版)の「はじめに」の中に、JR常磐線一部区間の運転再開の写真が載せられています。令和3年4月現在、常磐線に関しては、上野・仙台間が全通しました。交通手段が復旧し、その後人々の往来が戻ることが復興の一つの目安なら、放射線教育の推進は復興への「心」を入れていくことにつながるのではないでしょうか。そして、放射線教育の推進の一翼を担うのが、「放射線教材コンテスト」であります。児童生徒、学生ならではの見方や考え方を生かした教材は、放射線を学んでいく者にとって道標になるはずです。「放射線副読本」と併せて、放射線教育の充実に資する「放射線教材コンテスト」を大きく育てていってほしいと願っている次第です。 

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