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第21回

小中学校での放射線セミナーで教えたこと、教えられたこと

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所
准教授
松本 義久

 2011年3月の東日本大震災、福島第一原発事故から10年が経つ。放射線の健康影響に関する不安や関心が高まったことを受けて、3月18日に、渡邉正己京都大学名誉教授の声がけで、十数名の日本放射線影響学会有志によるメールを用いた質問の受付と回答を開始した。9月からは福島県および山形県、茨城県などの近隣県での一般市民を対象とした放射線に関する勉強会を行った。2014年頃から小中学校でのセミナーが増えてきた。これまでに実施した勉強会、セミナーは約250回、そのうち約100回が小中学校でのセミナーである。特に、郡山市では教育研修センターとの連携のもと、市内の小中学校で計94回のセミナーを実施した。2019年度までは1回あたり2〜4名のメンバーが講師として小中学校を訪問し、年間15回程度のセミナーを開催していた。700名を超える生徒を対象に開催したこともあれば、10名程度の児童・生徒を対象に開催したこともあった。
 私自身が注力してきたことは、できるだけ感じて学ぶことである。1〜2クラスのセミナーでは、理科室を使用して、霧箱を製作し、マントルやウラン鉱石から放出される放射線の飛跡観察などを行った。自分で作ったもので放射線の飛跡が見えたときの感激はひとしおのようで、いつも歓声が湧き上がっていた。多数の児童・生徒が体育館などに集まって行うセミナーでは、ガイガー・ミュラー式サーベイメータを持参し、減ナトリウム塩(高血圧予防のため、ナトリウムを半分にし、その代わりにカリウムを加えたもの)からかなりの放射線が出ていることを実演で示すと、驚きの声が漏れるのが聞こえた。小学校3年生を対象としたセミナーでは、線量計を持って校内や校庭を歩き回り、児童のリクエストでいろいろな場所の測定をした。すると、配管の曲がり角に「マイクロスポット」が見つかった。放射線は五感で感じられないとは言うが、学習においては五感で感じるのが非常に効果的であることを教えられた。
 毎回楽しみにしているのは、児童・生徒の質問である。ときに想定外の質問があり、児童・生徒の感性や発想の豊かさに驚かされる。小学4年生を対象としたセミナーで、私が「原子はそれ以上分けられないものだ」と言った後に、「原子は陽子と中性子と電子からなる」と説明した。すると、「陽子、中性子、電子はそれ以上分けられないのですか」という質問があった。素朴であるが、極めて鋭い質問である。通常小学校で学習する範囲を大きく超えた内容であるが、児童はたとえ一部であってもしっかりと理解するのだということを感じた。流れで少しだけではあるが、さらに高度な素粒子の話をした。ある中学校でのセミナーでは、周期表を説明するときに、113番元素ニホニウムの話をした。すると、「もし自分が新しい元素を見つけたら自分の名前をつけてもいいのですか」という質問があった。私の回答は割愛するが、研究者の生き方に関わる質問と言えよう。このような体験から、セミナーを通して、研究者・専門家である私たちが児童・生徒と交流することの意義を教えられた。
 この活動も2020年度には大きな変化があった。一つは新型コロナウイルス感染拡大の影響であるが、もう一つは単年度ながら環境省の放射線の健康影響に関する調査研究事業に採択されたことである。これにより、細胞内でのDNA損傷と修復過程を目で見て感じることができるように、移動が容易な簡易型の蛍光顕微鏡を導入することができた。当初は実施校に搬入して観察を行う予定であったが、オンラインセミナーとなったため、コンピュータを介して顕微鏡をインターネットに繋いで、観察像をリアルタイムで送信した。オンラインセミナーでは、接続トラブルのほか、児童・生徒の側からは画像が見づらい場合があること、講師の側からは児童・生徒の反応が見づらいことなどの不便もある。しかし、移動の時間やコストがかからないのはオンラインのメリットである。さらに、オンラインだからこそできることもある。郡山市のある小学校のセミナーに、1000キロ以上離れた長崎県のある小学校がオブザーバー参加することとなった。すると、質問の時間の最後に、郡山市の小学生が、私たち講師陣に向けてではなく、長崎県の小学生に向けて「福島県産の食品について、放射能が気になりますか」と質問していた。これも想定外であった。長崎県の小学生は「特に気にしていません」とさらりと答えていたが、終了後のアンケートでは、「福島県産の食品の安全性が分かった」とか「間違っている大人に注意したい/教えたい」などの感想があった。これは風評被害を抑止する大きな原動力になるのではないか。オンラインのコミュニケーションの大きな可能性を教えられた。
 このような活動で目指してきたのは、放射線に関する正しい知識をもとに、過剰な不安を取り除き、風評被害などを防ぐこと、そして、将来に向けて、自ら判断し、行動する能力を身につけてもらうことである。これに加えて、放射線や関連する科学(例えば、原子、元素、DNAなど)に対する興味、関心を育むことで、将来のリスクコミュニケーションの一端を担う研究者・専門家の育成にもつながることを期待している。いつの日か、小中学校で放射線セミナーを受けた児童や生徒が大学生や大学院生となって再会することを楽しみにしている。

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