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第20回

放射線に関する教育を通した小学生の資質・能力の育成 ~発達の軸と個別の実情の軸~

新潟県見附市立見附小学校
校長
松井謙太

 前任校の話ですが、以前に比べれば少なくなり、福島から避難してきていた在籍児童はМ子一人となっていました。高学年になったМ子は、仲の良い子とは談笑するものの、口数は決して多くない物静かな子でした。ある年の冬、М子のクラスで外部の専門機関のスタッフによる放射線についての出前授業が行われました。子どもたちは放射線を測定する実習をしたり、物質による放射線量の違いを調べたりしました。グループに分かれての活動は、教具の準備が行き届いていたこともあり、子どもの興味を引いて随分と熱中したものとなっていました。私はその時のМ子の姿が忘れられないのです。グループの中心になり、実に活発に活動し、物質によって放射線が遮られていること等を友達に自分から説明していたのです。そのような彼女の姿を見たことがありませんでしたから、私も担任の教員も驚きました。М子にとって放射線への関心がもとより高く、内容的にもある程度知り得ているものだったからかもしれません。あるいは「放射線」という言葉自体にこれまで学校で使われる日常性があまりなかったからかもしれません。実際のところはどうであったのかは、М子に直接尋ねることをしなかったため分かりませんでした。

 この前任校は自由学区制で、半数ほどが電車やバスを利用して通学してきていました。通学範囲のほとんどは柏崎刈羽原子力発電所のUPZ圏内でした。また、若干名ではありましたが自宅がPAZ圏内であるという児童もいました。それでも日頃の学習や生活の中で「放射線」という言葉がどれほど使われているかというと、現任校でも同様ですが極めて少ない状況でありました。さらに話題として遠ざけている壁があったとしたら、テレビなどの報道から感じ取る怖さや、理解不足からくる健康に影響する漠然とした不安感が関係し、関わり方を消極的なものにしているのではないかと思われました。

 しかし、そうであっても、学習内容として放射線が学習指導要領に示されたり、教員養成のカリキュラムの中に位置づけたりしていくことで、全国の児童に計画的に指導することが可能になるものと考えます。学校で児童が学習すれば、それを家庭に持ち帰って、逆に保護者を啓発することもあるでしょう。また、30年も経てば小学生は親となり、その子どもも学校で放射線を学ぶというサイクルが生まれてくるのではないでしょうか。

 では、現行の学習指導要領には「放射線」がどのように示されているのでしょうか。
 「学習指導要領 総則」の「現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力」の項に以下のように示されています。

 「本項は,「生きる力」の育成という教育の目標を,各学校の特色を生かした教育課程の編成により具体化していくに当たり,豊かな人生の実現や災害等を乗り越えて次代の社会を形成することに向けた現代的な諸課題に照らして必要となる 資質・能力を、それぞれの教科等の役割を明確にしながら,教科等横断的な視点で育んでいくことができるようにすることを示している。
 特に,未曽有の大災害となった東日本大震災や平成28年の熊本地震をはじめとする災害等による困難を乗り越え次代の社会を形成するという大きな役割を担う児童に,現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力を教科等横断的に育成することが一層重要となっている。そのため,今回の改訂では,例えば,放射線の科学的な理解や科学的に探究する態度(中学校理科),電力等の供給における県内外の協力について考察すること(小学校社会科),健康の成り立ちについての理解(中学校保健体育科),食品の選択についての理解(中学校技術・家庭科(家庭分野)),情報と情報の関係(小学校,中学校国語科)や情報の信頼性の確かめ方(中学校国語科)などの内容の充実を図っており,放射線に関する科学的な理解や科学的に思考し,情報を正しく理解する力を育成することとしている。
 このような現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力として,中央教育審議会答申では
・ 健康・安全・食に関する力
・ 主権者として求められる力
・ 新たな価値を生み出す豊かな創造性
・ 自然環境や資源の有限性等の中で持続可能な社会をつくる力   (一部略)
 などが考えられるとされたところである。各学校においては,児童や学校,地域の実態及び児童の発達の段階を考慮して学校の特色を生かした目標や指導の重点を計画し,教育課程を編成・実施していくことが求められる。
」 (下線松井)

 この他、総則の付録6「放射線に関する教育(現代的な諸課題に関する教科等横断的な教育内容)」には、具体的に教科等横断的に教育内容を構成する例が示されています。

 例示されている教科は国語、社会、道徳のみです。それぞれで求められている資質・能力として、国語では、原因と結果など情報と情報との関係について理解することが示されています。また、社会科では、飲料水,電気,ガスを供給する事業が,安全で安定的に供給できるよう進められていることや,地域の人々の健康な生活の維持と向上に役立っていることを理解することが示されています。そして、道徳においては、誰に対しても差別をすることや偏見を持つことなく、公正、公平な態度で接し、正義の実現に努めることが示されています。

 科学技術的な部分での資質・能力については、小学校段階での例示はされていないものの、情報の扱い方や人々の生活環境を支える事業についての理解、社会正義の実現に向けての勇気や構えが、中学校段階での学びにつながるという考え方であることはよく理解できます。しかし、その一方で、放射線はこういうものなのだなと小学生なりにおおよそでよいから理解させることが安心につながることもあります。前出М子やМ子のクラスの子どもたちに放射線の出前講座をしていただいたことは大きな意味があったのではないかと考えています。子どもの発達という軸とともに、学校や地域の実態、時には一人一人の児童の実態に応じるという軸についても何かしらの例示をしていくことが必要だろうと考えます。

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