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第18回

冷静・適切な判断ができる市民の育成を目指して (大局的・俯瞰的な放射線教育を)

町田市立町田第一中学校長
全国中学校理科教育研究会 元会長
花田 英樹

 令和3年(2021年)とは、改訂された学習指導要領が中学校で全面実施される年であるのとともに、東日本大震災発災から10年目となる年でもあります。また、さらには東京オリンピック・パラリンピックの年であり、新型コロナウイルス感染症への対応が正念場を迎えることとなるであろう年でもあります。中学校教育に携わる者からすると、おそらく長く強く記憶に残る1年になるものと思います。この1年を過ごすにあたり、中学校教育における放射線教育をどのように受け止め、推進することが重要なのかということを改めて整理してみたいと思います。

 まず学習指導要領の改訂について確認をしたいと思います。その解説には、改訂の経緯としての冒頭に、「今の子供たちやこれから誕生する子供たちが、成人して社会で活躍する頃には、我が国は厳しい挑戦の時代を迎えていると予想される。」と示されており、これまでにはない極めて厳しい書き出しとなっています。その背景には生産年齢人口の減少やグローバル化の進展等により社会構造や雇用環境が大きく急速に変化し、予測困難な時代を迎えることなどがあり、今現在、教育現場に身を置いているものとしては、きわめて重い責任を感じるのとともに、ここでの対応の過ちは、取り返しのつかない結果へと直結するのだという緊張感があります。

 また、新学習指導要領においては、育成すべき資質・能力が「生きて働く『知識・技能』の習得」、「未知の状況にも対応できる『思考力・判断力・表現力』の育成」、「学びを人生や社会に生かそう『学びに向かう力・人間性等』の涵養の三つの柱で整理されています。

 中学理科の授業者には、放射線教育において、この三つの柱をすべて満足させる授業を心がけ実践すること期待しています。

 具体的には中学2年生の内容として真空放電を通して電子の存在を理解するとともに、X線やそれと同様に透過性などの性質をもつ放射線が存在し、医療や製造業で利用されていることを学ぶこととなっています。また、中学3年生では、原子力発電ではウランなどの核燃料からエネルギーを取り出していることや宇宙からの放射線、地球上の自然放射線などについて学ぶこととなっています。特に、新学習指導要領の中学理科解説においても「東日本大震災以降、社会において、放射線に対する不安が生じたり関心が高まったりする中」という記述があるように、放射線の危険性に関する社会の関心は明らかに高まっています。一方で医療分野や工業分野等においては放射線の利用なしでは、私たちの社会生活が成立しないことも多く存在するということも事実です。中学校の理科教育における放射線教育においては、この危険性と有用性の2つの側面から放射線や原子力の扱いについて、自己の考えを明確にもてる冷静な市民を育成することが重要であると考えます。

 ここで、エネルギー問題に目を転じてみたいと思います。2020年には2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを内閣総理大臣が示しました。現在の発電方法の内訳を確認してみますと、東日本大震災前は化石燃料による火力発電が6割前後、原子力発電が3割前後となっていたのに対して、東日本大震災後は化石燃料による発電が9割近くを占めるように変化をしました。また、原子力発電には核燃料の最終処分等の問題もあり、環境問題等への適切な対応と豊かな国民生活の保障との両立が成立するエネルギー政策の在り方というものは、今後の極めて難しい国民的課題であります。2050年というのは、今の中学生が45歳前後で正に働き盛りとなり、社会の中心を担う存在となる頃です。彼らが、この難しいエネルギー政策のあり方等について的確かつ冷静に判断できるようにするためにも中学校における放射線教育が極めて重要であると受け止めています。

 ところが、中学校における放射線教育は、教科書に記載されていることなどの知識伝達にとどまってしまっていることが多いのが現状です。中学校の理科教員には放射線を専門に学んだ者は稀であり、多くの教員は放射線に関して手探り状態からのスタートとなります。教員の口からは「正確な知識を入手する方法がよくわからない」、「自らの知識が希薄なことにより、政治的な中立ということに対する自信がもてないので、表面的な浅い授業になってしまう」などという声が聞かれることも多く、それぞれの教員が正確な知識等を確実に身に付けられる手立てを確立させることが放射線教育を充実させる上で特に重要だと考えます。

 本放射線教育支援サイト「らでぃ」を活用していただくことが、そのことを解決する極めて有効な手立てとなるものと確信しております。「らでぃ」内での放射線に関する基礎知識習得はもとより、放射線教育に関する実験・観察に関する情報や「放射線授業事例コンテスト」、「放射線教材コンテスト」などによる、教育現場ですぐに使える事例も豊富であり、中立性にも配慮された情報であることから、ここでの情報をそれぞれの授業改善に大いに活用されることを期待しています。また、本サイトにおける放射線測定器具等の貸し出し事業も活用していただき、知識伝達にとどまることなく、生徒の主体的な取組を促す仕掛けをより多く授業内に取り入れてほしいと思います。

 中学校理科における放射線教育ですので、専門的になる過ぎることを避けるように留意し、正確かつ適切な知識を与え、一人一人の生徒が主体的・能動的に放射線というものに向き合う姿勢を持たせることを目標に大局的・俯瞰的な放射線授業を実践してほしいと思います。そして、それにより生徒自らが今後の放射線の活用の在り方やさらにはエネルギー問題等につても冷静・適切に判断できる資質・能力を育成していきましょう。

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