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第17回

放射線をもっと良く知るために

東北大学
名誉教授
中村 尚司

 福島原発事故以来、放射能や放射線に対する一般の関心が急に高くなりました。それから今年で10年が経ちましたが、放射線や放射能に対する理解と知識がどれだけ増えたかは、学校教育での取組みに掛かっています。10年前に私は頼まれていわき市で放射能・放射線は危険かと題する講演会をした時に、次のようなことを話しました。
1.他の有毒な物質やウィルスと比べてどうか。
2.危険かどうかは、人が放射線を受ける量による。
3.目に見えない、匂わない、知らないことからくる恐怖が生じる。
4.ウィルスと違って、放射能・放射線は測定器で誰にでも測定できて、非常に検知しやすい。また他の人にうつることはない。
5.放射能・放射線は大地、大気、宇宙線、人体、動植物、温泉、火山等自然界のどこにでもある。
6.放射線の人体への影響は、自然放射線でも人工放射線でも全く同じである。
 今、まさに新型コロナウィルスが世界的に流行している時にこれを思い出しました。
正しい知識を持つことは、特に青少年教育にとって極めて重要であり、放射線教育にとっても非常に重要です。放射線は測定器で測ることが出来ますので、授業等で話を聞くだけではなくて実際に学校等で測定してその存在を知ってもらうことは、理解を深めるのに非常に役立つ教育法です。宇宙からは常に多くの放射線が地上に降り注いでいること、標高が1000m高くなると2倍くらいに増えること、地球が38億年ほど前に出来て以来様々な放射性物質が土壌や海水中に含まれていて、半減期が長いU-238、Th-232、K-40、C-14などが今でも存在していること、これらはもちろん植物や動物の体内にも取り込まれています。それを食べている我々人間の体内にもK-40が4,000ベクレル、炭素14が2,500ベクレル、ルビジウム500ベクレルなどが含まれています。今、福島原発事故で溜まり続けているトリチウムの海水放出が議論されていますが、もともと海水中にはトリチウムが自然に含まれていることも知っておく必要があります。
 今、宇宙が注目されていて、宇宙旅行などにも関心が集まっています。地球は地磁気や大気によって太陽や銀河系から来る放射線を遮っているのですが、宇宙空間では遮るものがないので放射線の量は非常に多くなります。例えば地上から約400km上空にある宇宙ステーションでは、一日滞在すると約1mSvの放射線を受けます。地上の約数千倍の線量です。ですから、宇宙飛行士は滞在時間が国際的に決められています。
 放射線には様々な種類があります。一般に広く存在するのは、α線、β線、γ線、X線、中性子です。このほかにニュートリノやミュウオンなどもありますが、これらは地球を貫通するくらいで、物質にほとんど影響を与えません。最近ミューオンを測定して、エジプトのピラミッドの中に未発見の室を見つけたという報道がありました。また、ニュートリノは岐阜県北部の1000m程の山中にある旧神岡鉱山の奥に設置されたカミオカンデという巨大な測定器で測定されています。電気を帯びているα線は空中を数mm、β線は空中を数m飛ぶと吸収されますが、電気を帯びていないγ線、X線、中性子は空中をもっと長く飛びますので、遮蔽することが必要になります。どのような遮蔽が有効かは放射線の種類とエネルギーによって異なりますので、実験で確かめることが必要です。γ線、X線の遮蔽には原子番号の大きい鉄や鉛が効果的で、中性子の遮蔽には水素を多く含むポリエチレンなどが効果的です。これらの放射線は様々な測定器で測定することが出来ます。放射線測定器は電離箱、GM検出器、シンチレーション検出器、半導体検出器等様々な種類がありますので、放射線の特徴に合わせて適切なものを選んで測定することが必要です。
 また、これらの放射線は様々な目的で利用されています。工業利用、農業利用、医療利用などです。工業利用では、様々な物の厚さを測る、鋼管の溶接箇所を調べる、様々な物質の性質の改良等に広く使われています。農業利用では食品の滅菌による保存、新しい品種の開発、害虫の駆除等に使われています。医療分野の利用はどんどん広がっていて、がんなどの病気の放射線治療、人体の内部を透視してコンピューター画像を見て病気の診断に広く使われています。日本は世界的に見て、放射線の医療利用が最も進んでいる国の一つです。陽子線と炭素線によるがん治療装置は20数台と世界で最も台数が多く、がん等の診断に用いる放射性薬剤を製造する装置は150台ほどもあります。胸のレントゲン検査は学校等でも健康診断で広く行われています。
 このように放射線はコントロールして使うことによって、私達に様々な恩恵を与えてくれますので、これからも利用は進んで行くことでしょう。
 これからの放射線教育にとっては、放射線と放射能の違い、放射線の単位、放射線の利用とその影響などが必要なテーマになると思います。特に放射線の単位はベクレル(Bq)、グレイ(Gy)、シーベルト(Sv)とあって混乱することに加えて、吸収線量、線量当量、実効線量、周辺線量当量、個人線量当量などと様々な単位があって、専門家でも混乱するくらいです。測定器で測定している数値が何を示しているのかを理解することが必要です。測定によっては単に検出した数だけを毎分当りのカウント数(cpm)として示すものもありますので、その時はこれを線量当量のSvに変換することが必要になります。自然界にはもともと放射能を持つ物質(NORMと言います)がいろいろありますので、それを用いて実際に放射能を測定することが放射能・放射線に対する理解を深めるのに役立つことになるでしょう。

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