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第13回

“サイレント・マジョリティ”に科学的思考を拡げよう -科学教育はDreams come trueへの種まき-

茨城大学大学院理工学研究科
教授
田内 広

 私が放射線生物学の駆け出し研究者だった頃の話から始めよう。外部機関で4日ほどの放射線計測の研修を受けた後に個人線量通知をもらった。確か、50マイクロシーベルトには満たない高精度の測定結果であった。大学では「検出限界(これとて実は100マイクロシーベルト)未満」の通知ばかりを受け取っていた中、数字が入った初めての通知に一瞬ドキッとし、何度も見直した記憶がある。専門知識は持っていたはずなのに、いつもと大して変わりないのに、数値があると印象が大きく違ったのである。それなりに学んだ人間でさえこれだから、一般市民の方々が放射線被ばくの数字に大きな不安を持つことは容易に想像がつく。

 さて、大多数の一般市民(ここではマジョリティと表現する)にとって、放射線の生体影響とは何であろうか?私自身の四半世紀にわたる講演会や膝詰め勉強会などで多くの市民の皆さんと接した経験から推察するに、正直「自分たちの近くになければ関係ないし、興味もない面倒くさい話」である一方、自分や自分の近親者に降りかかった途端に「量はそっちのけで相当恐ろしい得体の知れないもの」、あるいは「何とかして避けるべきもの」に変わってしまうのだと思う。基本は原爆やチョルノービリのような悲惨なイメージで止まっているのである。

 ところで、何事もない平穏な状況で、わざわざ放射線の生体影響に関わる話を聞きたいと思う一般市民がどのくらいいるだろうか。2001年に茨城大学に赴任して以来、私は放射線の生体影響に関する公開講座で何度も講演してきたが、2010年までは市民の方が10人も来てくれれば御の字であった。ところが、2011年の福島第一原子力発電所事故から数年間は、数百名収容の会場が半分以上埋まる状況が続き、10年を経た今は再び以前の状況に戻りつつある。つまり、今や大多数は近くになければどうでも良いと思っている「放射線影響についての“サイレント・マジョリティ”」に戻りつつあるのだ。

 「放射線被ばく」という現実が降りかかってきた時、マジョリティが知りたいことはただ1つ、「その被ばくによって自分や自分の身内に何か悪いことが起こるのか否か」である。つかんだ情報が科学的根拠に基づかないものだとしても、人はもっともらしい最初の情報、しかも「危ない」という情報の方に目が行きがちであり、その気持ちには駆け出しの頃に初めて数値の入った被ばく通知を見た私自身の感覚ともつながるところがあるように思う。

 福島第一原子力発電所事故の放射性プルームが茨城県に届いた2011年3月15日の朝、持ち歩いていたサーベイメーターでRI実験室でも見たことのない値にまで自宅の空間線量率が上昇していることに気付いた私は、心底驚いて県の測定機関に確認の電話をした。その一方で、高校生を筆頭に小学校低学年までの子供たちを含めた私の家族は茨城での生活を続け、地元の新鮮な農産物はもちろん、福島県産が入ってくれば積極的に購入した。これは知識と経験に基づいてリスクを比較した結果である。我が家のある小学校区がそれなりに落ち着いていたのも事実で、地域の中に科学的な情報(データは必須であるが)に基づいてリスクを客観的に比較し、判断を行動で示せる住民がいれば、地域全体のリスクを最小にする方向に機能するのではないだろうか。

 ネットに玉石混交の情報があふれる今の時代、どれが科学的情報なのかを判断するにはある程度のバックグラウンド知識が必要である。地域に判断の参考となる住民がいない時はどうするか。少なくとも科学的に合理性のない情報に対して、マジョリティが「これはおかしくないか?」という気付きを持てることが、同じ混乱を繰り返さないためには重要と感じる。とりわけ「放射線リスク」には、マジョリティが苦手とする確率の考え方が加わる。個別事象と集団確率の区別をつけられるかどうかは、科学的な見解を受け入れられるかどうかに深く関連する。今の世界を混乱におとしめているCOVID-19まん延に関しても、感染拡大防止のための真に適切な行動の普及、感染者や医療関係者への差別的扱いの収束、ワクチン接種の早期展開のいずれにも放射線と同じくリスクへの理解が鍵となる。

 長い目でとらえることになってしまうが、根本的な解決には初等・中等教育での情報提供や科学的な考え方の普及がとても重要になると考える。学校で聞いたことがあるかどうかは、あやしい情報に疑いを持つかどうかの分かれ目になり、確率の考え方を身につけることは、不当な差別やバッシングの抑止、冷静な行動につながるはずである。放射線影響に限らず、真の科学(ここでは「理科」と区別し、考える力も要求されるのが「科学」と定義する)を初等・中等教育から社会に広めたいものである。

 科学の根底には、生物としてのヒトが「人」たるために重要な特徴のひとつである知的好奇心がある。知的好奇心を満たそうとする先人達の情熱と努力が今を支える重要な発見につながってきた。「わからないから、やったことがないから無理」なんて発想は科学には無い。今あるデータや過去の知見を元に合理的に考え、判断して計画すれば、高い成功確率で未知へのチャレンジが可能なのである。2020年に大成功を収めた「はやぶさ2」、その前の「はやぶさ」だって未経験を現実に変えた。これこそが科学の力であろう。マジョリティに科学的な考え方を拡げることは、未知への憧れを実行に移し、夢をかなえる「種まき」だと思う。

 私は今も福島県の小中学校での放射線セミナーに参画している。ちょっと難しい話が含まれているにもかかわらず、目を輝かせて反応してくれる子供たちがたくさんいる。彼らの中から未来の科学を支える人材がひとりでも多く出てきてくれることを夢見ている。

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