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第12回

放射線教材コンテストを振り返って

北里大学医療衛生学部
准教授
佐々木 徹

 放射線教育の普及促進を目的に開催される「放射線教材コンテスト」の実行委員を3期務めた。本コンテストは、放射線を学ぶ大学生、大学院生、専門学校生等に向けて、放射線教育ツールと手法の創造と、それらの教育実践の機会を提供し、もって従来にない放射線教育の創発を促し、次世代層へ向けた発信を図ることを目的とする1)。実行委員として、コンテストの基本方針の策定に始まり、審査基準策定、審査員を経験する中で、放射線教育について学び、考える貴重な機会を得た。

 提案された教材は、学生ならではの新鮮な発想とアイディアに基づいたもので、教育現場の教員が実践するにあたり、参考となるものも多かった。プレゼンテーションからは、若者の熱意が伝わってきた。コンテストの回を重ねるに、完成度の高い教材も多くなってきた。しかし、教育現場ですぐに使える教材を創出するのは簡単ではない。いわんや、放射線教材のゴールドスタンダードともなればさらに難しい。このコンテストは「放射線教材の創造」を目的にしてはいるが、それ以上に重要な意義があるように思われる。

 筆者は自治体(現相模原市)の文化振興に関わった経験を持つ。社会教育施設である博物館だが、その新しい取り組みである「エコミュージアム」の基本計画策定、推進に関わって15年になる2)。詳細は割愛するが、エコミュージアムは1960年代にフランスで提唱された概念で、地域全体を一つの博物館に見立て、地域の自然環境、歴史・文化、産業遺産などの資源を現地において保存、復元、展示するものである。日本においては、生涯学習の観点で、活動の主体である市民と専門家、行政の協働により運営される。構成員は定年で職場をリタイアした人がほとんど。地域のことを学んだ後、「市民学芸員」として来訪者に対応する。来訪者向けの説明も当初は心もとないも、2年目ともなれば堂に入ったものである。筆者は、この活動の意義は来訪者への学習の機会の提供もさることながら、つくり手自身の学びの深化、成長、生きがいづくりにあることを目の当たりにしてきた。

 さて、コンテストでは教材のつくり手はいわゆるプロ(教員、専門家)ではなく、学びの過程にある学生だ。学生たちは、コンテストを期に主体的に放射線を学び、放射線教材の創出、発信までのプロセスを体験する。この過程を通じて、放射線を真に理解することができたのは、まさにつくり手の学生たちである。放射線教育のうけ手のみならず、つくり手への教育効果にも目を向けた放射線教材創出は本コンテストの独創的な点ではないだろうか。

 コンテストは、筆者にとって放射線教育の意義や目的など、放射線教育の本質を考えるきっかけにもなった。最近、長く放射線教材の開発と実践に関わって来られた名古屋大学名誉教授、森千鶴夫先生の「放射線教育は必要か?」と題する論考が放射線教育フォーラム誌に寄稿された3)。「福島事故前、放射線教育は原子力エネルギーと放射線利用の両輪で進められてきた」「事故後、前者の安全性については見直しが求められたが、医療における放射線利用には元々国民的理解はあり、医療を含む放射線利用に関してはことさら放射線教育の必要がなかった」。「放射線教育の意義は、物理、化学、生物、電気、機械のような縦割り的な科目を連携させて、社会的な意義を含めた総合的な理解にこそある」と主張する。放射線教育は、放射線を特別な存在と捉えるのではなく、物理、化学、生物などの基礎科目と結びつけて進めてゆくべきなのか、コンテストにおいても今後の課題となろう。一方、文部科学省は、情報化社会が進展し、子供たちを取り巻く環境が大きく変化している中、子供たちが必要な情報等を正しく選択して、適切に行動できるようにするための「生きる力」を育む教育を推進している。2011年の福島第一原子力発電所の事故は本当の意味で放射線を身近なものにした。「放射線」は生きてゆくために必要な知識の一つとなった。さらに10年、コロナ禍の今、リスクのあるものにどう向き合ってゆくのか、放射線教育の重要性は増したように思われる。

 最後に、下限数量以下の放射性同位元素の放射線教育への活用について述べたい。2005年、国際原子力機関(IAEA)が提唱した国際基本安全基準を国内法に取り入れる形で、放射線障害防止法及び同政省令が改正され、下限数量以下の非密封放射性同位元素を管理区域外において使用できるようになった。これに伴い、これまで大学や研究施設などの限られた場所でしか使用できなかった放射性同位元素が、学校教育の現場でも利用できるようになった。例えば、トリチウムであれば1GBqを管理区域外で使用することができ、大方の非密封放射性同位元素を用いた放射線実験は、下限数量以下で実施することができる。また、下限数量以下の非密封放射性同位元素を用いた実験・実習例や安全取扱マニュアルも公開されており4)、学校教育に放射線実験を取り入れたいと考える教員や初学者の助けになる。筆者らも、放射線施設のない大学や学校における放射線教育に下限数量以下の放射性同位元素を活用すべく、新しい概念のジェネレータ(Ge-68/Ga-68、Cs-137/Ba-137m)を開発した5)。このジェネレータは密封線源化されており、外部からの制御によってミルキングを繰り返すことができる。密封線源内から放出される娘核種の放射線を検出器で測定することで、放射性同位元素に触れることなく半減期の計測などの実験を安全に行なうことができる。しかしながら、残念なことに下限数量以下の放射性同位元素の利用は、普及しているとはいえない。微量の放射性同位元素(法的には放射性同位元素等でない)を含む廃棄物の引き取りが、その普及を阻む一因となっている。下限数量以下とはいえ、廃棄物を引き取る産業廃棄物収集業者を利用者が見つけなければならず、それが簡単ではないのである。放射線の社会的理解が進まないことが問題の根底にあり、その解決のためには放射線教育が必要だ。堂々巡りの議論から抜け出すには、下限数量以下の放射性同位元素を利用する教員の決断と、勇気ある行動と実践が必要だ。

1)https://www.radi-edu.jp/contest
2)https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/kurashi/kyouiku/1010057/1010060/index.html
3)放射線教育フォーラムニュースレター、 No.77、 p.7、 2020.11.
4)https://www.jrias.or.jp/report/cat1/308.html
5)Sasaki T、 Aoki K、 Yamashita R、 Hori K、 Kato T、 Saito M、 Niisawa K、 Nagatsu K、 Nozaki T、 Development of an externally controllable sealed isotope generator. Appl Radiat Isot、 133(3): 51-56、 2018

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