教員向け研修会

ホーム > 実践紹介 > 教員向け研修会

教員向け研修会

いかに放射線への生徒の興味を喚起するか (NPO法人放射線教育フォーラム主催:2021年度第2回勉強会)

 

 NPO法人放射線教育フォーラムは2021年11月23日、2021年度の第2回勉強会を開催した。テーマは「放射線の理解を深めるための授業について考える」。新しい学習指導要領では、中学2年生で放射線について触れることになり、興味を喚起する工夫が授業でより求められるところとなった。この勉強会では、授業で生徒に話せる放射線についての興味深い利用例のほか、中学校や高等学校の現場における放射線教育の取り組みについても語られた。

 

 ■放射性炭素で古文書の年代を測定

 遺跡から出土した考古遺物がどれくらい古いものか調べるために、放射性炭素を調べて年代を測定する方法(放射性炭素年代測定法)が広く用いられている。近年は古文書などにもこの測定法が用いられている。最初に登壇した小田寛貴助教(名古屋大学宇宙地球環境研究所年代測定研究部)は、その測定法を開発した一人。この日は、その原理についてわかりやすく解説した。

 古文書が書かれている紙や木簡などは、有機物の植物から作られるので炭素が含まれている。この炭素は、自然界に三つの同位体、炭素12・炭素13・炭素14が存在。このうち炭素14は微量だが「植物遺骸の古さによって含有率が異なるという特徴がある」と小田助教。

 炭素14は放射性同位体と呼ばれる物質。安定同位体の炭素12や炭素13とは異なり、時間の経過とともに放射線を出して窒素14という別の原子核に変わっていく。「紙などの植物遺骸があって、その中に1000個の炭素14があったとすると、約5730年経過すると元の量の半分になります」とのこと。放射性炭素年代測定法は、そのわずかな違いから、どれくらい古いものか探っていく。

 

放射性炭素年代測定法の原理

 

 古文書に対して炭素14による年代測定の適用を始めたのは1993年。考古学や歴史学の専門家から信頼されるまでには多くの苦労があったという。しかし、史料がわずかであったとしても、正確に年代を特定できることが知られるようになると、その画期性が広く認められるようになっていったとのこと。

 この分野はいわゆる「偽物」が多く、現在はこの偽物を炭素14年代測定で排除できる例も増えているとのこと。また、史料として使っていいものかどうかよくわからなかったものに対して、炭素14年代測定法を用いることで本物であると判明できる場合もあるという。「これは実質的に新しい史料の発見だと言うことができる」と小田助教。このようにして史料が増えることは「歴史学ないし国語学の進展につなげることができる」と、この年代測定法がもたらす学問的な意義を強調した。

 


放射性炭素年代測定法は実質的に新しい史料の発見をもたらす

 

 ■海外の放射線教育から見える日本の理科の現状

 2番目の登壇者は聖光学院中学校高等学校の畠山正恒教諭。日本の放射線教育の現状や外国の状況に触れながら、そこから見えてくる放射線教育を含む理科教育が目指す方向性を展望した。小・中での授業の時間数については、英国などの諸外国と比較して、日本では理科の授業時間数が少ないことについて、年齢別の時間数を比較しながら具体的に紹介。また、アメリカではオバマ大統領の時代に、理系の大学進学者を増やしてGDPを増やし、国際競争力の回復を図り、小学校から高校までの教育を全体的に見直した、「次世代科学スタンダード」(NGSS)による、科学教育の体系を刷新して理系の分野の人材育成を図る政策にも触れながら、「それがまさに科学・技術・工学・数学を重要視するSTEM教育だった」と畠山教諭。このSTEM分野に進む女性を増やすことに力を入れる国家戦略も今まさに進行しているとも話す。

 


日本とイングランドにおける理科の授業時間数の比較

 

 また、日本の高等学校における教科書を扱う上での課題も指摘。「学校で生徒が理科でつまずくのは、教科書を読んでもわからなくて、それで嫌いになっていく」と畠山教諭。説明が簡潔すぎて、既習事項を含む予備知識を補う必要がある場合に「行間を読む必要があり、教員もその行間を読めず、ますます理科教育の質を落とす原因になっている」と強調した。

 畠山教諭は、この放射線教育フォーラムで、中学校や高等学校の先生が使える放射線に関する資料や教材を積極的に作成して、広く提供していくことを提案。また、有志が集まり、欧米の教科書の訳本など、生徒が読んで理解できる教科書を自主的につくってはどうかとも主張した。

 

 ■映像教材『Rの正体』を活用した中学2年生の授業

 北海道の札幌市立白石中学で理科を教える森山正樹教諭は、映像教材『Rの正体~放射線の性質と利用~』(2018)を活用した授業の実践例を紹介した。この『Rの正体』は放射線教育フォーラムが企画し作成したもので、日本の全中学校に配布されたもの。専門家が監修していて、ティーチャーズネットやYouTubeでも見ることができる。DVDには放射線の発見の歴史、基本的な性質の説明のほか、霧箱や放射線測定など実験に関する映像や、福島の現状を知る内容も含まれている。

 森山教諭はこの『Rの正体』を中学校2年生の理科『電流とその利用』で活用。全19分のうち、放射線の種類や性質を中心に15分ほど視聴したという。「特に意識したのは映像を見ただけで終わらせないこと」と森山教諭。連続して見せるのではなく、授業の流れに合わせて途中で何度も一時停止しながら再生したとのこと。また、生徒は見ることに集中するので、森山教諭が再生中に出てきたキーワードを黒板に書きだすという工夫も加えた。「生徒も余裕があればそれをメモしたり、そのほか自分で気づいたことをワークシートに書いたりしていました」。

 


『Rの正体~放射線の性質と利用~』

 

 『Rの正体』の内容や授業の親和性は評価できると森山教諭。しかし、その一方で、教師が授業をデザインし、学習課題や目的に応じて見せていく工夫も必要だと訴えた。また、今は生徒一人に一台のタブレットがあるので、それを使って生徒が『Rの正体』を見ることもできる可能性にも触れた。「子どもがタブレットを使って自ら調べるとなると、コンテンツを充実させる必要があり、最近はそのような準備も求められていると感じている」と語っていた。

 

2021年2月の授業ではDVDで視聴しながら授業をした

 

■タブレット端末をいかに教室で使うか

 3人の講演が終了したところで質疑応答の時間が設けられ、活発な議論が交わされた。

 例えば、畠山教諭の講演に関連して、教科書について焦点が当てられた。畠山教諭は講演で自主教科書の必要性に言及したが、視聴者の元中学校教諭は「それは無理ではないか」と指摘。「教科書を作るとなると多くの労力が必要になるので、『Rの正体』のような教材や資料を作成して活用するのがいいのではないか」と提案した。

 参加していた教科書会社の編集者からは、「授業の時間数と内容のバランスを考えると、これ以上教える内容を増やしても教えきれないというような状況がある。国際調査を見ても日本の理科で教える内容が極端に少ないわけでもない」との声も。ただ、小学校から高校までの理科の内容を整理すれば、もっと教える量を増やせるのではないかとも語っていた。

 また、中学校での授業例を紹介した森山教諭には、「タブレットを授業で活用すると生徒が不正確な情報に触れるリスクがあるのではないか」という質問が出た。これに対して、森山教諭は別の授業の実践例を紹介。遺伝子組み換え作物について考えさせるという授業で、生徒にタブレットを使ってインターネットで調べる学習活動もさせたという。「生徒には批判的思考が大事であることをあらかじめ伝え、インターネットで接した情報が本当にそうなのか、根拠は何なのか、いつもそれを考えて調べるようにしなさいと伝えた」とのこと。

 また、森山教諭は「すべての技術には必ずメリットとデメリット、ベネフィットとリスクがあるから、その両方を調べてごらんとも話した」という。すると、授業後に回収したワークシートの中に「情報はすぐに信じられないものだと思った」という記述が見られたとのこと。理科の授業で科学技術について調べさせることで、情報リテラシーを身に付けることができるとも語っていた。

 

Copyright © 2013 公益財団法人日本科学技術振興財団