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第3回

放射線の健康影響の説明とインフォグラフィックス教材

国立がん研究センター先端医療開発センター機能診断開発分野
分野長
藤井 博史

 福島第一原子力発電所事故後に、私の勤務先がある千葉県東葛地区が、放射線量が増加している、いわゆる”hot spot”になっていることが判明したため、地元の自治体や近くの大学の研究者の方々と協力し、放射線に対して不安を訴える地域住民の方々に、放射線の健康影響について説明して回った。少人数を対象として、自由に話ができる雰囲気で、質問を受け、それに回答していく形をとったため、十分な時間をかけて説明することができたと考えていたが、その後のアンケート調査の結果からは、放射線の健康影響について十分な理解が得られたとはいえなかった。
放射線の健康影響は、被ばくした放射線量に強く関係する。例えば、確率的影響として現れる発がんについては、国際放射線防護委員会(ICRP)より、100mSvを超える放射線被ばくに対して、致死的な発がんリスクが1Sv当たり5%増加すると報告されている。このように、放射線の健康影響は、ある程度定量的に評価することが可能で、多数ある有害事象による健康影響の中では、理解が比較的容易なもののように考えられるが、一般の方々にとって放射線の健康影響の説明について納得してもらうのは難しい。
 この原因はいろいろあるであろうが、その1つに“放射線は目に見えない”ことに対する不安が挙げられる。可視化が放射線に対する理解に役立つことは、“霧箱”の実験の教育効果からも示されている。アルファ線の軌跡が描画される霧箱を体験してもらうことで、多くの方に、自然界にアルファ線放出核種が存在していることを実感してもらえる。
 このため、我々は、放射線に関する事象の“見える化”を進めるために、名古屋造形大学の渡邊敏之教授(現:東京理科大学教授)らと共同し、放射線教育に役立つ教材を作成することにした。一般の方々に、難解と思われている放射線に関する内容を理解してもらうには、どのような教材が適当であるかについて意見交換を進め、最終的に、インフォグラフィックス教材1)の作成を目指すことになった。インフォグラフィックスという言葉については聞き慣れない方も多いと思うが、複雑で、言葉での理解が容易ではない情報を整理して、伝えたい内容を、視覚的に表現して、人々に示す技法のことである。絵や図を使うと、言葉では伝わらないことも容易に理解できるようになることが少なくない。インフォグラフィックス自体は、日常生活の中にも採り入れられており、鉄道やバスの路線図がその一例である。公共交通機関を使っての移動法を考える際に、路線図が便利なのは、多くの方の実感されているところであろう。
 私の専門である医学の分野においては、手術などの治療前に、その具体的な内容を説明して、その実施について、患者さんから同意(インフォームド・コンセント)を得ておくことが必要であるが、患者さんを前にして丁寧に説明しても、理解いただくことが難しい場合も多い。この問題についても、外科医と渡邊教授らとの共同研究で、複雑な手術の手技の説明に、インフォグラフィックス技術を活用した端末を利用した説明が有用であることが確認されている。このような医学領域での利用実績も、我々が、放射線の健康影響の評価にインフォグラフィックス技術を活用しようとした理由の1つである。
実際に、放射線教育に役立つインフォグラフィックス教材を作るにあたっては、まず、芸術系の大学の学生の方に、私がそれまで放射線の健康影響について説明する際に使ってきたスライドをみてもらい、どのような点の理解が難しいか、リストアップしてもらった。
 その中に、放射線の単位がわかりづらいという点が挙げられていた。私は、先に説明したように、放射線の健康影響は、定量的に評価することができる点が特長で、この定量的な表現が、人々の理解を深めるのに役立つものと考えていた。しかし、実際には、放射線を測る単位には、多くの接頭辞が使われており、これが理解の妨げになっていることに気付き、驚かされた。放射線の領域では、私が普段接することが多いものだけでも、MBq(メガベクレル)からµSv(マイクロシーベルト)まで10桁以上も異なる数値を扱っている。
 このようなスケールの違いを、図示する手法については、私は皆目見当もつかなかったが、芸術系の方から、1960年代末に、米国のEames夫妻から発表された映画“Powers of Ten{10の冪(乗)}”の表現法の応用を提案していただいた。この映画は、教育映画として高い評価を得たことが報じられているが、私も実際に観てみたところ、広い範囲にわたる距離の違いを感覚的に理解できるように表現した優れた作品であることがわかった。そして、放射能量や放射線量を、距離に置き換えて考えることで、これらのスケールの変化を理解してもらえるような教材を作成していただいた。
 この他にも、いくつかインフォグラフィックス教材を作成していただき、私の放射線の健康影響の説明に利用させていただいている。
 視覚は人の五感の中でも、もっとも情報量の多い感覚であるため、視覚を利用して情報を効率よくインプットすることは学習に有効だと考えられる。今後もインフォグラフィックス技術のような芸術的手法を、放射線の健康影響の説明に、積極的に採り入れていくことを考えたいと考えている。

1) インフォグラフィックス教材
 https://www.radi-edu.jp/infographics

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