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第5回

質の高い放射線教育モジュールをもつ日本に対する国際社会の期待

東京大学環境安全本部
教授
飯本武志

「放射線/放射能/放射性物質」「アルファ線/ベータ線/ガンマ線/…」「半減期」「内部被ばく/外部被ばく」「ベクレル」「シーベルト」。かつて大多数の国民にとってはなじみの薄かったこれらの用語を、福島第一原子力発電所事故の直後に、頻繁にニュースで見聞きする社会状況を私たちは経験した。
 その後、学校義務教育課程の学習指導要領に「放射線」に関する項目が取り入れられ、今やそれは理科的、科学的な観点にとどまらず、防災教育や倫理・道徳教育のテーマのひとつとしても扱われるようになった。学校現場では先生方の試行錯誤と創意工夫の積み重ねの中で、放射線教育が日々実践されている。放射線教育支援サイト「らでぃ」では、放射線授業事例コンテストが開催されており、現場視点で良く練られた質の高いコンテンツ、授業実践例が紹介された(https://www.radi-edu.jp/case-contest)。このコンテストでは、限られた時間の中でも真摯に次世代教育に取り組んでおられる先生方の熱意を強く感じることもでき、大変良い企画になった。その成果は今後の放射線教育のモジュール開発に大いに参考となろう。関係者には一読をお薦めしたい。
 現在私は、国際原子力機関IAEAが主催するアジア・太平洋地域の原子力(Nuclear=N)科学(Science=S)技術(Technology=T)教育の強化プログラム、特に、中学・高校レベルの教育者を育成するミッションに、日本からの代表専門家として参画させていただいている。2012年にスタートしたこのプログラムでは、これまで、STEM教育1)とWOW factor2)を合言葉に各国の教育省等と連携して活動してきた。日本を含むNST先進国がもつNST教育に必要となるツール、モジュール、実践経験をアジア・太平洋諸国と共有し、各国での関連の教育を先導することのできる多くのStar Teacher(生徒や同僚教員から尊敬され、楽しく前向きにNST教育を推進している魅力ある教員)を育成し、そのStar Teacherから他の教員へ、その教員らから生徒へと繋がる複利的な教育効果を狙ったプログラムとなっている。同プログラムの2期目(2018-2021)では「100万人へのNST教育」を目標として掲げたが、最初の2年間の2019年末までにその数的目標が達成できたことから、国際社会においてさらに高い評価を受けているところである。そのプログラムの中で、我が国の文部科学省が長年に亘って提供してきた教育用放射線測定器(通称「はかるくん」)のツールとしての人気は圧倒的に高く、簡易霧箱の組立て観察実験と組み合わせての授業が、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、スリランカ、ヨルダン、オマーン、モンゴルで試験的に採用されている。環境計測の体験要素と霧箱の工作的要素が大きなWOW Factorとなり、彼らに受け入れられているのだろう。我が国において関係者が築いてきた歴史ある放射線教育のプログラムと、関連教材の質の高さ、現場における取り組みやすさが国際社会の中で改めて高く評価され、日本の存在感が際立っている1つの例である。放射線の話題では社会科学的な側面からのアプローチが重要になる局面もある。NSTがもつメリットの側面のみならず、NST導入に伴う事故や被ばくのリスク、放射性廃棄物処分等に関する大きな課題など、弱点側の側面にも目を向けたバランスのよい安定的な教育の追求も忘れてはならず、このことは参加各国メンバーの共通認識になっている。2011年の原子力災害を経て進化してきた日本の放射線教育では自然と「STEM」が意識され、防災、倫理、道徳のような社会科学的な視点とも組み合わされたモジュール例題が多く、アジア・太平洋諸国からの注目度がきわめて高いと私自身が肌で感じてきた。日本の学校教育関係者、教員である皆さんの先進的で挑戦的な取り組みから引き続き多くを学びたいとの各国からの声も大きく、皆さんへの期待をご理解いただき、また自信をもっていただきたい。
 単に原子力発電所の大きな事故があったからではなく、自然現象の純粋科学として、科学技術の利用や開発のツールとして、長寿や健康リスクの話題のひとつとして、放射線の基礎知識はすべての国民が学ぶべきテーマの1つであると私は確信している。昨今のSTEM教育に対する関心の高まりと、理科的要素としては中学3年生時に加え、2年生時でも扱われるようになった我が国における放射線教育に関する現状が歯車のようにかみ合い、放射線を題材としたSTEM教育が「リスクリテラシー」のベースラインを整える目的でも大きく展開できそうな予感がしている。STEM教育とWow Factorで、安全やリスクに関する安定的でバランスのとれた理解を進め、国民のリスクリテラシーの醸成を皆さんと共に目指していきたい。

1)STEM:Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)。すなわち、科学・技術・工学・数学の各教科での学習を実社会での課題解決に生かして
いくための教科横断的な教育。これにArts(アーツ)を加えたSTEAMとして用いることもある。
2)WOW Factor:ロングマン現代英英辞典ではこの語を「an interesting, exciting, or unusual feature of something, that people will notice and think is very impressive」と解説している。

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