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第2回

高まる放射線教育の重要性

全国中学校理科教育研究会
会長
山口 晃弘

■はじめに
 勤務校の宿泊行事の目的地は、東日本大震災の被災県だった。発災後数年は、目的地を変更していた。放射線量が落ち着いた頃を見計らって元の宿泊先にもどした。そのとき一部の保護者の根強い反対があった。来校していただき、安心・安全であることを数値で説明したが、なかなかわかってもらえなかった。
 同じ時期に、地元の祭りで、招待された被災県の農家が、農作物を販売していた。協力したいという気持ちがあり、売っている野菜を買って、自宅へ持ち帰った。驚いたことに、野菜を見た家族の顔が曇った。「ふだんから被災県の食品は買わないようにしている」というのだ。「全品、放射線検査をしてむしろ他県より安全だ」と反論しながら、学校で保護者に向き合ったのと同じ構図であることに気付いた。「理屈では割り切れない」という反応が同じだった。風評はなかなか消えない。

■まず、中学2年で学習する
 2008年に告示された学習指導要領改訂で「放射線の性質と利用」について触れることが示された。さらに2017年の学習指導要領では、新たに中学校理科第一分野第3単元「電流とその利用」の「静電気と電流」においても放射線の性質と利用について触れることが示された。これらの新しい学習指導要領の記述を具体的に見ておこう。
 中学2年で学習する理科第一分野第3単元「(3)電流とその利用」「(ア)電流」「㋓静電気と電流」において、新たに「真空放電と関連付けながら放射線の性質と利用にも触れること」と明記された。解説ではさらに踏み込んで「クルックス管等の真空放電と関連させてエックス線に触れるとともに、エックス線と同様に透過性などの性質を持つ放射線が存在し、その放射線が医療や製造業等で利用されていることについても触れる。」としている。これら文言は、旧学習指導要領第7単元に同様の記述があり、その内容が新学習指導要領第3単元に移行されたものとなっている。

■さらに、中学3年でも学習する
 また、中学3年で学習する理科第一分野第7単元「科学技術と人間」「(ア)エネルギーと物質」「㋐エネルギーとエネルギー資源」においては、「人間は、水力、火力、原子力、太陽光などからエネルギーを得ていることを知るとともに、エネルギー資源の有効な利用が大切であることを認識すること。」と明記された。やはり解説ではさらに踏み込んで「その際、原子力発電では、ウランなどの核燃料からエネルギーを取り出していることに触れる。放射線については、核燃料から出ていたり、自然界にも存在し、地中や空気中の物質から出ていたり、宇宙から降り注いでいたりすることなどにも触れる。」としている。
 実は解説はこれだけではない。続けて、以下の表記がある。少々長くなるが引用すると、
「東日本大震災以降、社会において、放射線に対する不安が生じたり、関心が高まったりするなか、理科においては、放射線について科学的に理解することが重要であり、放射線に関する学習を通して、生徒たちが自ら思考し、判断する力を育成することにもつながると考えらえる。その際、他教科等との関連を図り、学習を展開していくことも考えられる。」言うまでもないが、これらは、新規に加わった文言である。私自身も学習指導要領の改善検討に関係させていただいたが、関係者の思いが含まれている部分であるように感じる。これらの記述から明らかなように、放射線教育の重要性は高まっている。

■増えてきた教材や実践例
 しかし、放射線を授業で取り扱うのは難しい。
 高いレベルの放射線が人体にとって影響があるからではない。放射線そのものが見えないからである。目に見えないものを理科で取り扱うのは難しいのだ。
 それでも、中学校での教材や実践例は増えている。以前から霧箱や放射線測定器の教材化は進んでいる。クルックス管から出た微弱なX線をデンタルフィルムに感光させるという実践例もある。観察・実験を含んでいるものは、それだけで意味がある。
 以前から私が注目しているのは、放射線をテーマにした調べ学習である。放射線の性質だけでなく、環境や社会に与える影響等について正しい知識が身に付くからである。そこから一歩進んで、ディベートの実施に発展させると、生徒自身が放射線との向き合い方を自ら判断させる場面の設定ができる。調べ学習は、観察・実験よりも実施しやすいこともある。

■おわりに
 そもそも放射線は身の回りにある。絶えず宇宙から降り注ぎ、大地、空気、そして食べ物からも出ている。また、家や学校などの建物からも出ている。目に見えていなくても、地球上に生存する全ての生物は生まれながらにして一定の放射線を受け、放射線と共に暮らしている。
 新しい学習指導要領では、自然放射線について触れることに加え、放射線について科学的に理解することが重要であり、さらに、放射線に関する学習を通して、生徒たちが自ら思考し、判断する力を育成することが示された。放射線についての科学的理解の重要性と、放射線学習を通した思考・判断の能力の育成にも言及している。
 福島第一原子力発電所では、1000基を超えるタンクに貯まった汚染水の海洋放出問題がくすぶっている。また、原子力発電では必ず発生する高レベル放射性廃棄物の処分問題が話題になる。その度に、風評はなかなか消えない、ということを思い出す。誤った風評を若い理科教師自身がもっている可能性すらある。
持続可能な社会の実現のためには、様々な問題の解決が必須である。その中でも、科学的な思考・判断する力を身に付けることは、避けて通ることのできない課題である。
放射線教育の重要性は高まっている。

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