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教員向け研修会

放射線教育授業実践事例40:福島県双葉郡広野町立広野中学校

 

ふるさとのいまを伝える力育む
 =Jヴィレッジ再開を全国に発信=

 

 福島県双葉郡広野町の町立広野中学校は平成30年11月、サッカー日本代表のトレーニングキャンプ地として知られたスポーツ施設「Jヴィレッジ」で放射線教育の学習発表をした。東日本大震災で本来の姿で利用できなくなっていた町のシンボル「Jヴィレッジ」が復活したことを、生徒たちも地域社会に生きる一員として世界に発信する手作りパンフレットを作ろうと、アイデアを出し合い、互いに質問し、助言し合った。復興への地域の取り組みと放射線の理解を重ね合わせていく教育実践で、生徒たちの伝える力が育まれていくようだ。

 

【広野中学校】
 昭和22年4月開校。平成23年に東日本大震災が発生し、東京電力福島第一原子力発電所の事故で休校状態に。平成23年10月、いわき市内にある中学校の校舎の一部を借りて授業を再開。広野町は、双葉郡の中で住民の帰還が早くできるようになった地域で、広野中学校も平成24年7月に元の校舎に戻った。しかし、生徒数が約200人から半分以下になってしまった。平成30年現在の生徒数は68人。高瀬永志校長の話によれば、ここ数年は生徒数に大きな増減はなく、安定してきたとのこと。
 また、この中学校には平成18年度から毎年、近くのJヴィレッジを拠点に活動する日本サッカー協会の育成選手(アカデミー生)15名前後が通っていた。震災後、途絶えることになったが、今再び始まる方向で話が進んでいる。
 平成27年度には、近隣に福島県立ふたば未来学園が開校した。その新校舎が完成するまでは広野中学校の校舎が使われることになり、広野中学校は現在近くの広野小学校を間借りする形となっている。平成31年度には、元の校舎に戻る予定。
 校庭に設置されたモニタリングポストが示す放射線量は0.096 μSv/hを示している(平成30年11月8日)。

   広野小学校を間借りしての広野中学校と高瀬永志校長

 

■映像制作で町の姿を学び、放射線教育に結びつける
 広野中学校では、生徒たちが自ら放射線について学んでいく独自の学習を実践している。正しい基礎知識を学ぶだけではなく、町の復興に関わりながら放射線を理解し、風評に立ち向かっていく力も養っていくという意欲的な内容。高瀬校長によれば、今の中学生は震災前のイメージをほとんど持っていないという。震災が起きたときは幼かったからだ。しかし、「復興が進んでいることを、生徒たちは子どもなりに肌で感じ取っている」と、高瀬校長は話す。その感じ取っているふるさとの復興と放射線の理解を結びつけようと先生たちは考えた。
 この学校では以前から、放射線教育とは別に、映像制作を通して伝える力を育む「シネリテラシー」という教育も実践している。福島県内で取り組まれる「ふるさと創造学」の一環で、「総合的な学習の時間」を使って1年生が地域を取材して撮影し、ふるさとの良さを映像で発信する。一般社団法人「リテラシー・ラボ」のスタッフやボランティアの学生たちの協力を得て、専門的な指導を受けながら、子どもたちは自らテーマを設定し、企画、取材、撮影、編集をしていく。一部の作品は動画サイト「youtube」で公開されていて、その作品の質はプロ並みの仕上がりという。
 例えば、町の復興を目的に始まった「広野町サマーフェスティバル」を取り上げた作品では、生徒たちが当日の楽しい様子を伝えながら、そこに関わっている人たちにフェスティバルへの思いをインタビューしていく。その過程で、このイベントが震災をきっかけに始まったことや、復興に向けて努力していること、その努力によって復興が前に進んでいることを、地域の生の声を通して改めて理解していく。そして、これから自分たちに何ができるかを考えていく。
 「映像制作教育を通して、子どもたちがふるさとの良いところを話し合うと、『町は復興で頑張っている』という気づきが多く出てきました。その様子を見たとき、風評被害の現実を学んだり、それに対してどう向き合っていくかを考えさせたりできると思ったのです」と高瀬校長。ちょうど福島第一原子力発電所事故に対応する作業拠点となったJヴィレッジが復活し、この夏に再開することになった。「これを町の復興シンボルの一つと捉えられれば、放射線教育とリンクできるのではないかと思いました。放射線について調べて、自分の知識として納得して『安全だ』と発信するという経験を持てれば、もし『広野は大丈夫なの?』と言われたときにきちんと答えられるものを各自が持てるようにもなります。これを利用しない手はないなと思いました」(高瀬校長)。

 

■町の復興を伝えるパンフレットづくり
 広野中学校の放射線教育は、理科を通して全学年で放射線の基礎的な知識を学ぶ。その後、3年生は「学級活動」の時間を使って、1学期に原子力発電所の事故で生じた風評被害が起きる原因を考え、その対応策を考えていく。さらに2学期に入ると「地域・社会に生きる一員として」と題して、毎月1時間ずつ使い、1学期で学んだことを生かした活動に発展させる。
 今回の放射線教育を担当してきた金森吉昭先生(担任)は、これまで、生徒たちに、福島県や自分たちの町には今どのような風評被害があり、どうしてそのようなことが起こってしまうのかを考えさせ、さらにどうすればそういったことが減らせるのかを話し合わせてきたという。「すると、子どもたちの中から、自分自身がまず正しい知識を持ち、それを発信すればいいのではないかという考えが出てきました。また、同時に地域が一生懸命に復興しようとしていることを広く伝えることが、風評をなくすことにつながるのではないかという考えも出ました」(金森先生)。そこで、何を伝えていこうかと話し合っていく中で、Jヴィレッジが復活したことを発信しようと話が進んだ。「映像を作れたら」という案も出たが、時間的にも技量的にも難しいと考え直し、最終的には手作りパンフレットを授業で作っていくことを決めた。
 ナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」は、福島県双葉郡の広野町と楢葉町にまたがるスポーツ施設で、1997年7月に開設。しかし、震災後、事故を起こした原子力発電所の収束を進める前線基地となった。サッカーやラグビーの試合が行える芝生のグラウンドがいくつも並んでいたが、そこに消防車やがれきを撤去する車両など1日に約2500台が駐車したという。その後、東京オリンピックの開催が決まり、Jヴィレッジの再開が検討されて、平成30年7月に元の姿であるスポーツ施設に戻った。

   再びサッカートレーニングキャンプの姿が戻ったJヴィレッジ(2018年11月)

 

 施設の建物の中には、再開を喜ぶ気持ちを寄せ書きしたボードがあり、その中には広野中学校の生徒のものもあり、「新しいピッチでプレーしたい」「一流の選手に会いたい」「芝生の上でボールを蹴りたい」などと書かれていた。

  建物のロビー壁面に貼られた寄せ書き。

 

■作った記事を互いに良くしていく
 2学期に入ってから3回目の放射線の授業が11月8日、Jヴィレッジの建物内で行われた。東京ドームの10個分の広さに、天然芝と人工芝の大きなグラウンドがいくつも並ぶ壮観な光景が見下ろせるスペースに、机と椅子が並べられ、生徒たちはいつもと違う様子に少し緊張しながら着席した。
 授業が始まると、まず金森先生が「これまでの放射線教育を踏まえて、手作りパンフレットでJヴィレッジ再開を世界に発信しよう」と学習課題を確認。すでにパンフレットの記事のラインナップと担当する班が決まっていて、計5班がそれぞれ構想している記事の内容について発表。制作中の記事はプロジェクターで投影されて、全員で検討していく。各班の発表が終わると、金森先生は毎回「何か意見はありませんか」「もっとこうした方がいいというアドバイスは?」と確認。生徒たちの考えや意見を尊重しながら、授業を進めていた。

   授業風景

 

 例えば、人体への影響を担当する班は、内部被ばくや外部被ばくの違いや単位についてどうまとめるかを発表。発表が終わると、別の班の生徒から「他の地域のデータも載せて比べられるようにした方がJヴィレッジの安全性がわかるのではないか」とか「遺伝子が傷ついたどうなるかも書いた方がいいと思う」などという提案が出た。
 その他、食品や放射線防護について発表があったほか、Jヴィレッジが震災後どのように使われてどう復興したのかを伝える記事もあった。発表を聞いた生徒の中には、内容だけでなく、「もう少し色をつけて見やすくした方がいい」など、伝え方に関わるアドバイスする生徒もいた。互いに意見や助言を出し合う生徒たちの様子から、誰にでもわかりやすいパンフレットを作ろうとする姿勢がうかがえた。

   グループの発表に質問が相次ぐ

 

 印象的だったのが、一つの班が「質問作成班」となり、他の班に対して質問をしていく場面だった。例えば、「どうして放射線は見えないのか」「放射線を浴びすぎると死ぬのか」「発表の中であった『がん』という病気はどんなものか」「どうして食品によって基準が違うのか」など、本質的な質問が次々に出ていた。それに対して、担当班の生徒が答えられないケースもあった。そこで、この学校の放射線教育を支援し、今回も授業を見守っていた「環境再生プラザ」アドバイザーの安藤宏さんが代わりに質問を答えるシーンもあった。

 

■伝えたい人に近い人が伝える大切さ
 7月に再開したJヴィレッジで、全国的に知名度のある施設であっても、放射線に対する不安はなかなか払拭されないという。Jヴィレッジの職員である猪狩安博さんは、「広報パンフレットを作って一生懸命に配っても、安全であることがなかなか伝わっていかない」と語る。

   猪狩安博さん

 

 Jヴィレッジを通して福島の復興を実現しようとしている「DREAM福島アクションプラン」の上條仁志さんも、「全国各地で案内しているのですが、『放射線は大丈夫?』という話がよく出るんです」と話す。放射線の基礎知識や福島県の空間線量などに関する情報をいくら発信しても理解されにくいのが現実だという。
 この施設の空間放射線量は2011年3月の事故後、定期測定するようになった2013年12月の0.38μSv/hから、2014年12月の0.31μSv/h、2015年12月の0.26μSv/h、2016年12月の0・16μSv/h、2017年12月の0.14μSv/h、そして取材に訪れた2018年11月8日も0.134μSv/hと下がってきている。しかし、数字で「安全だ」と言っても伝わらない。

   上條仁志さん

 

 「自分のこととして実感できないと腹に落ちない」。そう考えた上條さんたちは、例えばJヴィレッジにサッカー教室に来てくれたJリーグのチームの関係者を、一部が居住制限区域のある富岡町に招き、ここで「富岡町3.11を語る会」の方に当時や今の話をしてもらったという。生の声と生の現場を見てもらったところ、ホームスタジアムの試合で、この状況をサポータたちに伝えてくれた。「Jヴィレッジの関係者だけではなくて、伝えたい人に近い人たちが発信者になってくれることが有効なんだと思いました」と上條さん。また、「それが自然にできる仕組みや形を作りたい。安心というのは、受け取る側が心で感じる部分なので、押しつけにならないようにすることが大事だと思います」とも語る。
 このような考えもあって、広野中学校の生徒たちから提案のあったパンフレット制作の話は有難く、こうした活動にこれからも全面的に協力していきたいと考えているという。

 

■子どもとともに作り、発信する可能性
 授業を見守った猪狩さんは、生徒たちに「僕よりも皆さんの方が放射線の知識を多く持っていて驚きました。この手作りパンフレットで、放射線に対する正しい知識を全国に広めてほしいと思っています。もっと、自分で感じたことや、疑問に思った点をパンフレットに載せてください」と感想を語った。上條さんも「我々の心に響いた。生徒たちが作ってくれたパンフレットを全国でぜひ配りたい。子どもと一緒に考えて何かを作り上げて、それを元にして発信していくやり方には可能性があると感じました」と、笑顔で語っていた。

       出来上がった手づくりパンフレット。三つ折りで中に放射線の知識やQ&Aが載る。

 

 高瀬校長は「これからも子どもたちが、自分たちの判断、正しい知識を持って、学んでいけるように支援していきたいと思います。将来にわたり、自己肯定感や、ふるさとに対する愛着を子どもたちに持たせたい」と、放射線教育を通して身につけられることの多さを語った。「震災があった当日は、これからどうなるか、本当にわからなかった。それが、ここまでやってこられた。そういう時代に生きる子どもたちだからこそ、町の人たちの強さや頑張り、いろいろな人の支援や協力を見て感じて、さらに強く育っていってほしいですね。震災のような大きな困難があっても、頑張れば乗り越えられるのだと、そう思ってほしい」とも話した。

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