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中学生向けの放射線教育実習を先生たちが体験―日本科学未来館

 

 日本科学未来館(東京都江東区)で教育関係者を対象にした放射線教育のワークショップが、2018年8 月21 日に開催された。「教員のための博物館の日」の一環で、参加したのは小学校や中学校、高等学校、特別支援学校などの先生たち31人。学校の授業とは異なる視点でつくられた実習を体験する機会となった。

 

■イメージしかない放射線が身の回りにあると知る

 開催されたワークショップは、日本科学未来館が独自に開発し、普段は中学生向けに実施しているもの。この日は、先生たちがこの実習を体験し、普段の教育実践で役立つヒントを得るのが狙い。科学コミュニケーターの宗像恵太さんらは、普段と同じように実習を進めながら、同時に中学生がどのように反応するのかを説明していた。

写真1・グループごとのテーブルで実習する

 

 ワークショップが始まると、まず「放射線って何だろう」とイメージを聞くところからスタート。中学生の多くは、医療など身の回りで役立てられていることは知っているが、「怖い」というイメージも持っているという。参加した先生たちが興味を示したのは、科学館の科学コミュニケーターたちが考えた「放射線のウソ・ホント」と題したクイズ。中学生は、「(放射性物質が)朝ごはんにあった?」や「(放射線が)私の体から出ている?」という質問で答えが「ホント」と知ると、「意外」という反応を示すということだった。

 

写真2・放射線源の有無を区別して観察できる霧箱

 

 次に、放射線が身の回りにあるのかを確認するために、霧箱を製作して、放射線の飛跡を見ることになった。霧箱は、小さなプラスチックの丸い容器にスポンジテープを貼り付ける簡易なもの。それを4-6人のグループごとに2つずつ作り、放射線源を入れたものと、放射線源を入れないものを比べながら観察した。ドライアイスで容器を下から冷やし、容器の上を手で温めて、横からLED懐中電灯の光を当てると、白い飛跡が現れた。「これ、放射線?」「そう」「おもしろい」「よく出ているね」という声が聞こえ始めた。

 放射線源を入れていない容器を観察している先生たちからも、「こっちは出ないかな」「あっ、出た」「本当?」「ほら出たよ」「本当だ、見える」という声が上がった。その様子を見ながら、宗像さんが「放射線源がない霧箱でも見えたということは、この空間にある放射線を捉えたということです」と解説し、放射線が身の回りにあることを確認した。

 

■放射線が何かを知り、リスクを考え行動を選択する

  霧箱の観察をして放射線への興味が高まったところで、それが何なのかを教え始める。「中学生には難しいとわかっていても、ここは科学的に話していきます」と宗像さん。原子核の陽子や中性子まで解説し、その数によって不安定な原子核が生じることや、それが安定な状態に変わるときに放出されるのが放射線であると説明した。

 さまざまな原子核を陽子数と中性子数を軸にして配置した核図表を用いて、代表的な不安定な原子核も紹介。一連の説明スライドを見た先生たちの表情はさまざまで、おもしろそうに前のめりになる先生もいれば、少し難しい表情を浮かべている先生もいた。

 その後、測定器を使って空間線量を調べたり、1年間に浴びる自然放射線量を計算したり、それを日本の平均的な被ばく量と比べたりした。また、この放射線を浴びたときに、体内でどのようなことが起きるのかも科学的に説明していた。

写真3・核図表で不安定な原子核の存在を示す

 

 最後に、放射線との付き合い方をみんなで考える時間となり、まずスライドで「リスクとベネフィットの天秤」を見てもらった。放射性物質が入っている食事についても「被ばくリスク」と「栄養摂取のベネフィット」の比較のフレームで考えてもらう。宇宙旅行の例では、「被ばくリスク」と「無料の宇宙旅行というベネフィット」の比較をスタートに、「リスク」の皿には「事故リスク」も考えられ、様々なリスクとベネフィットを総合的に見て判断する必要がある、というメッセージを伝えた。

 「あなたの日々の食事には放射性物質が含まれています。食べる?食べない?」と問われて、多くの先生たちは「食べる」を選んだ。しかし、「宇宙旅行のチャンス。行く?行かない?」という問いかけに、参加者たちは「う~ん」とうなった。

写真4・「リスクとベネフィットの天秤」で考えてみる

 

■短い時間の中で何を一番伝えていくか

 ワークショップの終了後、科学コミュニケーターの宗像さんらからこの実習の目的について説明があった。「まず放射線が身近にあることを知り、それが被害をもたらしうるハザードの一種であると捉えてほしいと考えました。その上で、身の回りにあるさまざまなリスクも含めて総合的に考え、そこに自分の価値観も入れて、自ら行動を選択できるきっかけとなってほしいと思いました」とのこと。

 ディスカッションの時間になると、先生たちから多くの質問や感想が出た。「放射線の種類を説明しないのが気になった」という感想には、「短い時間の中で、科学館として何を一番伝えるべきかを考えて、この内容にした」と宗像さん。また、「ここまでは安全という基準値を示さなかったのは、あえてなのか?」という質問には「リスクは連続的なものであるし、安全・危険も本質的な線引きができるわけではない。基準値は安全管理に使われる数値に過ぎず、自分にとっての安全の数値を自分で会得する、リスク感覚の醸成が必要です」と自分たちの考え方をていねいに説明した。

写真5・担当科学コミュニケーターの宗像恵太さん

 

 参加者の一人で、埼玉県立高校で化学を教える先生は、「霧箱で放射線の飛跡をまず見て、線量計で数値を見るという二つの体験をしてから、リスクについて皆と一緒に考えていく流れが良かった。安全性の基準値はいろいろと難しい面があるので、答えを与えずに考えさせるという方針でこの形にしたのであれば、それはそれで良いと思う。生徒に対して、安全基準については自分で調べなさいと言ってもいいのですから」と、このワークショップが放射線を学びリスクを考える第一歩として有効な内容だったと評価していた。

 

【案内】日本科学未来館の「学校団体向けプログラム」

 日本科学未来館は、今回のワークショップ「放射線」(中学生向け、1時間、定員40名)のように科学コミュニケーターが参加者とともに対話を重視しながら、科学技術を取り巻く課題について学ぶプログラムを8種類、学校団体向けに用意している。詳しい内容や申し込みの方法などは、以下のURLに。

http://www.miraikan.jst.go.jp/guide/group/forschool.html

 

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