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教員向け研修会

放射線教育授業実践事例41:福島県南会津郡南会津町立南郷小学校

 

子どもたちの言葉の力が大人の意識を変える

 =「風評被害はなぜ?」校外に目を向けて学んだことを伝える=

 

 平成30年11月13日、福島県南会津郡南会津町立南郷小学校で、児童らが放射線について学んできたことを自らまとめて県内外の人たちに発表する授業が開かれた。保護者や地域の人たち、放射線教育に携わる先生たちが多く集まった。自作のポスターを使って発表する子どもたちは、データを示しながら風評被害の現実を伝え、今の自分たちにできることを力強く語っていた。

 

【南郷小学校】

 平成24年、南郷第一小学校と南郷第二小学校が統合することで開校。南会津町は、福島県の南西部に位置する。森深く、古くに京都から伝わった豊かな木の文化を持つ。また、この地は福島第一原子力発電所から100 km以上離れている。湯田眞佐利校長によれば、東日本大震災で生じた同発電所事故の放射線による教育活動への大きな影響はなかったという。しかし、町の農業や観光業などでは、風評被害などの影響を少なからず受けているとのこと。この学校では、低線量であるために放射線のことをほとんど意識することなく生活してきた子どもたちにどのように放射線教育を実践するか、そのあり方を模索している。

 

■伝える相手を意識するからこそ意欲が高まる

 今年度(平成30年度)の新入生は東日本大震災を経験していない。高学年でも、はっきりとした震災時の記憶を持たない子どもが多くなってきている。しかし、福島第一原子力発電所の事故によって風評被害やいじめが生じた状況を考えると、「この子たちもこの先ずっと放射線と向き合いながら生きていかなくてはなりません。まずは放射線の正しい知識を身につけることが前提になりますが、福島県人としてたくましく生きていくためには、それだけでは不十分です。その正しい知識をもとに、自分で考えて、判断して、行動する力が必要です」と、湯田校長。

 今、福島県教育委員会は、放射線教育を実践するにあたって、地域や関係機関などと連携して子どもたちが学んだことを広く発信することに力を入れている。南郷小学校は、この実践協力校に指定されていて、児童らが放射線の授業で学んだことを「伝える」活動を位置づけて授業実践に取り組んできた。キーワードは「相手意識」。

「相手を意識するからこそ、子どもたちは『知識をちゃんと理解しなきゃ』という意欲が高まります。すると、知識を自分で確かなものにできる。まずは無理なく、保護者など近くの人に伝えることから始めます。高学年であれば、地域の人などにも伝えていきます。いずれ、どんな相手にも自分の言葉で伝えられる力をつけて欲しいと考えています」と湯田校長。「相手意識」を高めて伝えるように放射線教育を実践することで、子どもたち一人一人の学びがより主体的なものになり理解が深まったという。

 子どもたちは、授業で放射線について学ぶと、ワークシートに学習した内容を書き、家に帰ってから保護者などに伝えることをしてきたとのこと。すると、「私も知らなかったことを子どもから教わりました」というコメントを返してくれなるなど、保護者からの反響も大きかったとのこと。「相乗効果というのでしょうか、子どもが伝えることで、大人の学びにもなったようです」と湯田校長。また、6年生の授業では、子どもたちが風評被害を払拭する方策についてグループディスカッションをすると、そこに見学に来ていた保護者など地域の人たちも加わり、一緒に考えたという。子どもたちの学び伝える力が周囲の大人の放射線に対する意識も高めていったとのこと。

湯田眞佐利校長

 

■相手の顔をきちんと見てしっかり伝える

 この日の授業は、6年生が学んできたことを、来場した大人たちに伝えていくという内容。子どもたちにとっては、学びの集大成となる授業となった。これまでに多くの人を外部講師として招いてきたという。「放射線の専門家だけでなく、農業を営んでいる方やJAの職員、役場の商工観光課の担当者などの地域の方にも来ていただき、さまざまな情報や実際に苦労していることを生の声として届けてもらいました。子どもたちは、教わったことを情報として伝えるだけでなく、受け取った思いやメッセージから、自分たちはこれから何ができるのかを考え、語ってくれるはずです」(湯田校長)。

 公開授業が始まる時刻に近づくと、保護者や地域の人たちが続々と会場に集まった。15人の生徒に対して、参観者は約50人。学年が一つ下の5年生も聞き手として加わった。会場の体育館に、5つの掲示用ボードが大きな円を描くように置かれている。6年生は「米」「野菜」「果物」「海産物」「観光業」のテーマで5グループに分かれ、すでにこれまでの学習で学んだことをテーマ別にポスターにまとめて、掲示用ボードに張り出していた。

 定刻になると、始業のあいさつとともに授業が始まった。授業者の武澤裕二先生(担任)が、これまでの外部講師たちの授業を振り返りながら、「今日はこれまで学習してきたことを自分たちの気持ちと一緒にたくさんの人に伝える授業をします」と、子どもたちに語りかけた。そして、「相手の顔をきちんと見て、しっかり伝えていきましょう」と、緊張気味の子どもたちを励ました。

武澤裕二先生

 

■自分たちの言葉や姿で伝えていきたい

 いよいよ発表の時間。子どもたちはグループごとに分かれて、自分たちが作成したポスターが掲げられたボードの前に移動した。大人や5年生たちも、興味のあるボードのところに移る。発表の形式は、5グループが同時に10分ずつ行うというもの。隣とは適度な距離が置いてあるため、他の発表の声が気になることはない。30分間に同じ内容が3回繰り返され、聴衆は最大で3つの発表を聞くことができる。

 合図とともに、1回目の発表。子どもたちは、少し照れながら説明を始めた。1グループ3人で、話す役は順に入れ替わり、話していない児童はポスターを指し示すなどして、話している児童をフォローしていく。

 「米」をテーマにしたグループは、ポスターに組み込んだグラフを示しながら、福島県産の農作物が震災前にどれくらいの出荷量があったのかを伝え、震災を境にどのような変化が生じたのかを客観的に説明。そして、「正確でない情報で風評被害が起きて、福島県の農作物は売れなくなりました」と説明した。さらに「農家の方や企業の方に、風評被害をなくすために、どのようなことをしてきたのか調べました」と展開。農地の除染がどのように行われたのかを図を使って説明したり、米が全量全袋検査されていることを伝えた。最後に、子どもたちは「風評被害をなくすために私たちにできることを考えました」と語り、自分たちが福島の米や野菜を食べて元気に育つことで「福島県の農作物が安全であることを自分たちの言葉や姿で伝えていきたい」と結んだ。

 また、海産物のグループでは、福島県内の漁業では安全な魚を取っているにもかかわらず、福島県の海産物の値段が下がり、生活に困っている人たちが多くいる現状が伝えられた。そして、「私たちはどうすればいいのでしょうか」と問いかけながら、「僕たちは、福島県の食べ物の安全性を伝えることです。新鮮な魚料理、古くから地域に伝わる郷土料理、検査をして安全なものだけが店で売られていることをポスターなどで県の内外で伝えていきたいです」と力強く語っていた。

 どのグループも、聞いた話をまとめただけではなく、データを示しながら現状を正確に伝える工夫をしながら、生産者の現実がいかに厳しいのかを自分の気持ちも込めて伝えようとしていた。

会場は体育館。5グループが同時に発表。10分間の発表が3回繰り返される。

 

海産物グループの発表。海から遠く離れた地域だが、福島の海産物についても学んで発表した。

 

■聞いている保護者や地域の人たちも学んでいく

 毎回、発表が終わると児童らは「質問や感想はありませんか」と語りかけ、発表を聞いていた保護者や地域の人たちと交流を図っていた。特に風評被害に関する質問や感想が多く、米のグループでは、「どんな人が正しくない情報を流したと思いますか?」との質問に対して、児童の一人が「福島のことを正しく知らない人」と答え、さらに「そういうことを知ったときにどう思いましたか?」との質問に、その児童は「悲しかった」と答えた。その場にいた人たちの多くはうなずき、気持ちが共有されたような雰囲気が生まれた。

 また、発表の中には大人たちが知らないことも多くあったようで、聞いているときに「えっ(そうだったの)」とか「へー(知らなかった)」という声がよく聞こえてきた。その一方で、大人から質問を受けたときに、答えに窮してしまう児童も少なからず見られた。例えば、海産物のグループで「どうして風評被害が生じるのですか?」との質問に対して、児童がうまく答えられなかった。

 発表の時間が終わると、子どもたちは再び一カ所に集まって座った。武澤先生は、「皆さんの発表を聞いて、自信を持って話せる人が増えたなと思いました。回数を重ねるごとに、だんだんと声が大きくなって、遠くから聞いていても誰が話しているかわかりました。今回の発表では、いろいろな方から感想や質問をたくさん受けて、自分の考えや思いを自分の言葉で返せなかったときもあったと思いますが、それはみなさんがこれから取り組む課題です。その課題に取り組んで、福島県民として、自分が学んだことをしっかりと伝えていってほしいと思います」と締めくくった。

 今回作成したポスターは、近隣にある道の駅「きらら289」で展示され、訪れる観光客や地域住民に向けても「発信」していくという。

 授業の様子を見守っていた湯田校長は、「今日、子どもたちがこのような経験をした上で、中学校や高校などでも繰り返し学び続け、知識を自分のものとしてしっかり理解して力を高めてほしい」と、繰り返し進める放射線教育の大事さを強調していた。また、子どもの発表を聞いていた保護者の一人は、予想以上に頑張って調べて考えてまとめていたと語りながら、「テレビなどのメディアを通して放射線について知っていることも多かったはずですが、その影響が現実にどんなものがあるのか、ピンと来ていないところもあったと思います。今回の授業で、いろいろなことがわかったようですね。発表を聞いていると、子どもたちが放射線のことを理解し、身近なものとしてとらえられるようになったようで良かったと思います」と、うれしそうに語っていた。

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