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中学校の放射線教育で必要なものは何か?(「みんなのくらしと放射線」知識普及実行委員会主催:オンライン意見交換会)

 

 放射線の社会的な利用や教育について考える交流の場「みんなのくらしと放射線展」(主催:「みんなのくらしと放射線」知識普及実行委員会)は、2021年8月3日、「オンライン意見交換会」を開催した。この会では、放射線教育に関わる6人の教員らが登壇し、自ら実践している放射線教育の授業や活動などを報告。中心的な役割を担う大阪公立大学放射線研究センターの秋吉優史准教授は、新しい学習指導要領の全面実施で放射線教育が「大きなターニングポイント」になるとして、学校現場の実践事例を通してノウハウを共有する重要さを強調した。

 

■経験して実感をともなう授業を

 最初に発表したのは、元中学校の理科の教員で、放射線教育に長年取り組んで来た全中理支援センターの高畠勇二氏。「これからの中学校における放射線教育は」と題して、中学校の理科における放射線教育の狙いや、長野県上田市の中学校で実践した授業について話した。

 高畠氏は、新しい学習指導要領になって3年生だけでなく、2年生も放射線を学ぶようになったことは大きな変化だと語る。それまでの旧学習指導要領では、3年生の3学期の終わりに学んでいたので、高校入試のあとで緊張感がなかったり、教え切れていなかったりすることが少なからずあったという。今回の改訂で「教育現場では『しっかりやらないとならない』いう意識が芽生えた」とのこと。

 また、理科の新しい学習指導要領においては、繰り返し「観察実験を行い」という部分が出てくるとも指摘。放射線についても「単に説明して理解させておしまいにするのではなく、観察実験を行って認識や理解を深めていく学習を展開しなければならない」と確認した。

 その上で、高畠氏は生徒に体験させる授業の利点を説明。例えば、放射線の照射で強度を上げたプラスチックを子どもたちに触れさせることで、その頑丈さを肌で感じさせることもできるとも語る。このように五感を用いた体験ができるようにすると、より効果的な観察実験ができると説明する。

 高畠氏は、放射線の学習内容のつながりも提示。3年生は1本の筋のようにつなぐことができるが、2年生はいくつかのまとまりに分かれるという考えを示した。「ただ、これは私が考えたものなので、それぞれの先生の考え方や教え方のスタイルによって異なるだろうし、そこが腕の見せ所となる」と、新しい学習指導要領における放射線教育の要諦を明示していた。

 

 ■体験したあとに考える問いを投げかける

 高畠氏は続いて、実際に長野県上田市の中学校で実施した放射線教育の授業も紹介。どちらも五感を大切にした観察実験から始まる内容だった。

 2年生では、クルックス管を用いて真空放電の実験をするときにラジオをそばに置いてスタート。発生した雑音から「目に見えない何か」が出ていることを生徒に感じさせ、それからエックス線やガンマ線の話をしたり、測定器で測定したりしたという。

 最後は生徒に問いかけて締めくくった。授業で自然放射線の計測や霧箱の観察実験のほか、福島第一原子力発電所の事故に触れながらも、放射線が社会のいろいろなところで利用されていることを伝え、最後に「これからどう利用するかをみんなで考えていきましょう」と問いかけて授業を閉じた。

 また、高畠氏は「自然放射線の存在は学習指導要領では3年生で教えることになっているが、2年生で教えたほうが流れとしていいのではないか」という印象をもったとのこと。また、放射線をSDGsなどと関連付ければ、総合的な学習の時間でも展開できるという感想ももったということだった。

 

■学びに向かう力を育む授業だった

 2020年に実施したこの授業は、コロナ禍の影響でオンラインで実施された。高畠氏はリモートのモニターを通して、東京から生徒とやりとりしながら授業をしたとのこと。ただ、現場の教室には、アシスタント役として宮川俊晴氏(放射線教育フォーラム)が入り、生徒の学びを支援。生徒たちが観察実験で戸惑うことがないように導き、生徒たちの様子や表情をスマートフォンなどを使って撮影し、リアルタイムで高畠先生に送信したという。

 2番目の発表は、宮川氏が担当。高畠氏の放射線の授業は「実験観察を大切にしながら、生徒が自ら考えることに重点を置いているところに大きな特徴があった」と報告。その授業は、生徒たちが考えるのに必要な経験を提供する場であり、そこから生徒が自分なりに考えるきっかけがあったと振り返った。そして、授業の最後には社会的な課題を提示して「みんなで考えてくださいね」と展開していく流れがスムーズだったとも語った。

 また、生徒たちが書いたワークシートを見ると、新学習指導要領が求める「学びに向かう力」を示した記述が見られた生徒が90%もいたとのこと。「放射線の利用に関してはメリットとデメリットがあると書いていた生徒も60%以上いて、さらに50%近い生徒が利用する放射線の量や原子力発電事故が起こらない方策なども書いていて、自分なりに考えを広げていた。これこそがこの授業の成果だったと思う」と語っていた。

 

高畠氏の授業を受けた生徒の反応

 

■根拠をもって説明できる生徒を育てたい

 3番目に発表した愛知教育大学附属名古屋中学校の奈良大教諭(理科)は、自身の実践例を紹介しながら中学校3年間にわたる放射線教育の可能性について語った(発表題目「中学3年間における放射線教育の提案」)。発表では、まず今年度に実施した2年生の授業を説明。クルックス管の実験観察では、単に放電の実験をするのではなく、クルックス管にクリップや鍵を置いてデンタルフィルムを貼り付けて放電したとのこと。生徒が被ばくすることのないように注意を払いながら、レントゲンのエックス線発見を追体験できるように授業を工夫。さらに、あらかじめ用意した小エビや煮干しを照射したデンタルフィルムも生徒たちに見せたという。「体の中の様子が見えることにとても感動している様子でした」と奈良教諭。

 クルックス管から出ている電子線と放射線の関連づけを説明するところは難しいが、奈良教諭はここで個別の知識をつないでいく「コンセプトマップ」を活用。生徒がそれぞれ作成することで「電子線と放射線を関係づけることや、さらに意味づけもできていて、放射線について自分の言葉で説明できるようになっていった」と奈良教諭。クルックス管からエックス線が出ていることを理解させることができたと考えているとのこと。また、中学1年生に対しても放射線を教えられないかと模索しているとも言及。関連できる罹患の単元はさまざまにあるという。「中学校3年間での学習を通して、放射性の性質とその利用について、根拠をもって説明できる生徒を育てていきたい」と、意欲的に語っていた。

 

奈良教諭によるクルックス管の実験装置

 

■放射線教育を通して平和を考える

 鹿児島市立谷山中学校の原口栄一教諭は、1990年代から20年以上にわたって放射線教育に積極的に関わってきたという。2020年度までは、旧学習指導要領の下で理科の教科枠や授業時数枠を維持しながら、生徒が1年生から3年生にかけて計8校時の授業で放射線を段階的に学ぶ授業を開発して実践してきた。

 また、2年生に対しては、修学旅行で長崎を訪れる前に「総合的な学習の時間」で、「核戦争後の地球による放射線障害」という平和教育の授業を開くとのこと。「この授業では『修学旅行でなぜ長崎の原爆資料館に行くのか』と問いかけることから始めます」と原口教諭。そして、核兵器のことや現在の核保有国や保有数などの事実も伝えた上で、生徒たちに核兵器を使うとどのような被害が生じるのかを想像させるという。そのさまざまなイメージを生徒間で共有できたところで、全面核戦争が行われたときに生じる3段階の放射線障害を「火」「汚染」「凍る」の三つのキーワードで教えていくとのこと。

 そして、授業の最後にウィンストン・チャーチルの「未来のことはわからない。しかし、我々には過去が希望を与えてくれるはずである」という言葉の意味を考えさせるという。「この授業を通して、被爆地で具体的に学ぶ中で未来の核兵器使用を私たちは止めることができると気づいてほしい」と原口教諭。この平和教育は、今では校内の全教員が実施しているそうだ。この放射線教育をまとめた論文は「第33回(平成29年度)東書教育賞」の中学校部門で受賞し、東京書籍のウェブサイトで全文を読むことができる。

 

原口教諭は中学3年間で計8時間の放射線教育を実践

 

■アナログとデジタルのベストミックスで学ぶ

 中学校の理科を39年間教えてきたというベテランの西田教諭(奈良市立富雄南中学校)は、前任校の興東館柳生中学校で取り組んだ放射線の導入教育について語った。この前任校では他校との統合をきっかけに教育のICT化が始まり、また新学習指導要領の実施も重なる中で、楽しく理解できる放射線教育を模索したという。「ICTのよいところを活用するように努めつつ、“放射線を正しく知って、正しく怖がる”という筋は揺るがすことなく、生徒たちが放射線をきちんと理解して知識を深めて応用できるように取り組んだ」と西田教諭。

 西田教諭らは、生徒たちがオリジナルかるたを自らつくるというワークを授業に取り組んだ。すると、生徒がつまずきやすい「放射線」「放射性物質」「放射能」などの用語の違いが明確に理解できるようになったという。西田教諭は「テレビなどで『放射能を浴びた』と聞いたときに『おかしい』と生徒が言えるようになった」と、その成果を語る。

 また、ICTを放射線教育に生かすヒントについても言及。例えば、「ロイロノート」というアプリを使うと、生徒たちが放射線に関する問題を出し合えるようになったという。そこで、各生徒がそれぞれ調べて新たにわかったことがあれば、それをクイズにして知識を楽しく共有。「デジタルのよいところは時間と空間を超えることで、このときに作った問題は他のクラスの生徒が使えたり、翌年の生徒たちが使えたりします」と西田教諭。このようなICTの利点を使いながら、放射線教育の難しさを乗り越えたいと語っていた。

 

西田教諭はICTを生かした放射線教育を開拓

 

 

■放射線の量的な感覚を身につける授業

 広島市立福木中学校の森島浩一教諭は、「自分で自然放射線を測定する授業実践例の報告」と題して、生徒が放射線の量的な感覚を身につけていく授業の実践例を紹介した。森島教諭は毎年、簡易な放射線の測定装置を1クラスの人数分集め、生徒一人ひとりがそれをもって自分の意思で放射線を測ることができる授業をしているとのこと。「実際にどの程度の線量があるのかを経験的に知っていくことで、報道などで耳にするマイクロシーベルトという単位の線量が高いのか低いのか、また人体にどれくらいの影響があるのかないのかを考えられるようになっていくことができる」という。

 従来の学習指導要領に基づく3年生の授業では、生徒がそれぞれ測定器をもって、教室内のさまざまな場所や環境の異なるところの放射線量を測定していたとのこと。生徒たちが自ら「ほとんど変わらない」ということに気づいたら、次に「学校のいろいろなところを測定しておいで」と導くとのこと。すると、生徒たちは教室の外に出て、測定器をもってさまざまな場所に行って測り始めるという。そのデータを教室に戻って共有。黒板に並べられた数値を見た生徒たちは、値の振れ幅を把握した。「この実感を土台にして、生徒たちには線量がゼロではないことや、生まれてから放射線を体に受けてきたこと、被ばく線量は年間で計算しても100ミリシーベルトの50分の1程度であることなどを教えていきます」と森島教諭。

 被爆地の広島では、子どもたちは平和教育などで原子爆弾がもたらした放射線の人体影響について学ぶ機会が多い。この放射線の授業でアンケートからは、授業前と授業後では生徒たちの放射線に関する意識の変化が見られることに加えて、放射線について量的な理解も深まっている様子もうかがえるとのこと。

 

森島教諭の授業を受けた生徒の意識の変化

 

■中学校と高等学校校のつながりを作る

 東京都の世田谷区立千歳中学校で理科を教える青木久美子教諭は、中学校と高等学校の理科教員3人で「エネルギー環境教育を進める会」を立ち上げ、中学校と高等学校の理科で放射線教育を連携できないかと研究していると報告。この日は「高等学校の接続を意識した放射線教育」と題して、この会で考えてきたことを紹介。中学校では2年生と3年生で放射線を学ぶが、「教師の側はそのときだけ単発的に教えるのではなく、その後の学習の展開も視野に入れて幅広く考えながら放射線教育を進めていくことが必要ではないか」という見解を示した。

 この会の3人が検討したことの一つは、高レベル放射性廃棄物の処分問題を中学校の放射線教育の中で取り上げることだったという。この社会的な課題を扱うことで、教育的な幅が出て、高等学校の学習につなげやすくなると指摘。「生徒も“自分ごと”として考えやすくなるのではないか」と青木教諭。放射線は難しいと言う子どもたちも「このような具体的な社会課題があれば探究的な学習が進めやすいし、将来にわたって自分に関わることだと考えることもできる」と続けた。中学校と高等学校におけるつながりをつくることが、生徒たちが苦手な放射線の学習を乗り越えていくには有効ではないかと考えて、今後も研究を進めていくということだった。

 

青木教諭は高レベル放射性廃棄物の処分問題を取り上げることを提案

 

■中学生でも放射線の量的な理解は可能かもしれない

 発表が終わると視聴者を含めたディスカッションが行われた。さまざまな話題が出たが、多かったのはクルックス管を用いた実験観察についてのものだった。長崎県の中学校の教諭は「生徒や教師の安全について確固たる指針が示されていないので、その実験は控えている」と発言。今の授業では、放射線の測定器をクルックス管に近づけたり離したりしながら『ピピッ』という反応音を聞かせなどして、「聴覚を通してエックス線やガンマ線が発生していることを感じ取らせている」とのことだった。

 また、中学校の先生から高等学校の先生に対して「中学校の段階で理解しておいてほしいと思うことは何か」と問いかける場面も見られた。これに対して、福島県の高等学校教諭は「放射線の量的な理解がとても重要だと思う。しかし、中学校の先生にこのことを話すと、それはなかなか難しいと言われた。けれども、今日の発表で広島の中学校の先生のように、学校のいろいろなところを計測することで線量について学ぶということはできるし、それを福島などの他県と比較するようなことを中学校でしておいていただけるのであれば、とてもありがたい」と語っていた。

 広島の中学校教諭も「計測した線量は単に『多い』『少ない』ではなく、どれぐらいになると危ないのか、それも『ここまでは大丈夫』『ここからはダメ』と明確に分けられるものではないということまではなんとか理解させたい」と、指導のやり方によっては中学校でも量的な理解が可能であることを指摘していた。

 東京の元中学校教諭からは「子どもたちに『身の回りに放射線はあると思う?』と問うと、『ない』という生徒が一定数存在する。放射線に限らず、『べき論』や『0か100』の発想で考えがちなときがあり、これは大人でも見られる」との指摘。「理科の授業を通して、私たちの生活と科学とのかかわりを考える力を身につけることが重要である。このような指導こそ教師の腕にかかっているのではないか」と、放射線教育の今後を展望した。

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