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第6回

中学理科教育におけるクルックス管の取り扱いについて

大阪府立大学 研究推進機構 放射線研究センター
准教授
秋吉 優史

 クルックス管による電子線の観察は、平成20年3月の中学校学習指導要領(理科)をはじめ、それに則った令和3年度から使用されている教科書5社全てにおいて取り上げられている。令和元年に行われた大阪府立大学の1回生向けの授業(工学のみ対象では無く、全学から受講される)では、回答数90名のうち中学校でクルックス管を観察したことのある生徒は19名と2割以上にのぼり、高校、その他と合わせると4割以上の学生がクルックス管を観察したことがあるという結果が得られた。
 しかしながらクルックス管からのX線の放出については教科書会社によっては触れられていない場合があり、クルックス管を見たことがある35名の学生のうち、放射線が放出されていることを知っていた学生は18名と半数程度に留まっていた。
 ところが、平成29年3月に公布された中学校の新学習指導要領では同じく第一分野の「(3)電流とその利用」の単元に於いて、その内容の取扱いで「電流が電子の流れに関係していることを扱うこと。また、真空放電と関連付けながら放射線の性質と利用にも触れること。」と言う内容が新しく追加された。さらに平成29年6月に出された学習指導要領の解説理科編では、「高電圧発生装置(誘導コイルなど)の放電やクルックス管などの真空放電の観察から電子の存在を理解させ、電子の流れが電流に関係していることを理解させる。その際、真空放電と関連させてX線にも触れるとともに、X線と同じように透過性などの性質をもつ放射線が存在し、医療や製造業などで利用されていることにも触れる。」と、詳細な内容が記載されている。放射線については「触れる」という軽い取扱いではあるものの、すべての生徒が放射線について目にする機会となる放射線教育を考える上で大きな転換点を迎えることとなった。

クルックス管からX線が放出されていることは、レントゲンによって19世紀に発見されており、最も古くから放射線を放出していることが知られていた装置と言うことができる一方で、現在の教育現場の教員が必ずしも認識しているわけでは無い。さらに具体的にどの程度の量が漏洩しているかという事になると、一部の専門家を除いてこれまでほとんど知られていなかった。我が国においては、平成6年に一部の製品では表面からの距離5cmでの70μm線量当量が250mSv/hに達することが報告されている1)が、残念ながら広く認識されるには至らなかった。我々の研究においても、15cmの距離における10分間の測定で70μm線量当量が32.6mSv(196mSv/hに相当)という高い線量を漏洩する装置が見つかっている。このため、放射線が放出されていることを知らずに不注意に運用してしまうと大きな線量を被ばくする恐れがある。またその他にも、クルックス管からのX線は20keV程度とエネルギーが低く、さらにパルス上に放出されるため一般的なサーベイメーターでは実態と大きく乖離した線量が表示される問題もある2)
このため、日本保健物理学会の「教育現場における低エネルギーX線を対象とした放射線安全管理に関する専門研究会」において、実態調査を元にした実演時の注意点をまとめ、その有効性を検証した。

●放電極を必ず使用し、放電極距離は 20 mm以下とする。
●放電極表面は清浄にした上で、円板電極側を-極にする
●誘導コイルの放電出力は、電子線の観察ができる範囲で最低に設定する。
●できる限り距離を取る。生徒への距離は 1 m以上とする。
●演示時間は年間10分程度に抑える。

特に安全弁としての放電極間の距離設定が重要であり、意図しない電圧上昇を防ぐことができる3)。この注意点を遵守し、追加の遮蔽は行わない条件での全国調査を 令和元年に実施し、191本の装置のうち、187本の装置については距離 1 m、10分間の実効線量(測定は 70μm 線量当量で行い、20 keV での換算係数から保守的に 70μm 線量当量の 1/10 として実効線量を評価した)が、10 μSv 以下に抑制されていることが確認された4)。最も線量の高い装置でも 40 μSv 程度であり、年間の平均外部線量が最も高い県と最も低い県の差(400 μSv)と比べても十分に小さい。各学校で使用している装置からの線量を直接確認したい場合、箔検電器を用いた測定5)や、本紙を寄稿している「らでぃ」における簡易型の線量計 KIND-mini の無料貸出しサービスを用いた測定によりスクリーニングを実施することが検討されている。これらの内容は、日本保健物理学会においてクルックス管安全運用ガイドラインとしてとりまとめを目指している。詳細についてはクルックス管プロジェクトのウェブサイト6)を確認していただきたい。

1)大森 儀郞、 クルックス管から漏洩するX線の実態とその対策、 神奈川県立教育センター研究集録、 13 (1994) 21-24.
2)秋吉 優史 ほか、 クルックス管からの低エネルギーX線評価手法の開発、 放射線化学、 106 (2018) 31-38.
3) Do Duy KHIEM et al.、 Investigation of Low-energy X-ray Radiated from the Crookes Tube Used in Radiological Education、 Radiation safety management、 18 (2019) 9-15.
4)秋吉 優史、 学校教育現場におけるクルックス管の安全管理とその活用、 放射線教育、 23 (2019) 23-32.
5)森 千鶴夫 ほか、 箔検電器によるクルックス管からのX線線量率の測定マニュアル、 放射線教育、 23 (2019) 33-39.
6)クルックス管プロジェクト ホームページ
http://bigbird.riast.osakafu-u.ac.jp/~akiyoshi/Works/CrookesTubeProject.htm

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