教員向け研修会

ホーム > 実践紹介 > 教員向け研修会

教員向け研修会

この10年、福島復興を振り返って ――NPO法人放射線安全フォーラムの公開講座―

 

 NPO法人放射線安全フォーラムは2021年3月28日に市民公開講座「福島復興に向けたこの10年」をオンライン形式で開催した。2011年3月の東日本大震災で起きた原子力発電所の事故から10年。これまでの時を放射線防護の専門家、福島の高校生、農学の専門家、風評被害の研究者がそれぞれ振り返り、今後の復興に寄せる思いを伝えた。

 

■10年という節目に専門家としてあらためて振り返る

 最初の講演者は、放射線防護の専門家の多田順一郎氏(NPO法人放射線安全フォーラム理事)。「専門家の反省」と題して、福島第一原子力発電所事故後の被災地で支援してきた経験を語りながら、放射線防護の専門家として当時どのようにすべきだったのか、これまでを振り返った。

 「福島第一原子力発電所の事故で放射性物質の汚染を受けた被災地では、放射線のために命を失った人も健康を損ねた人もいなかったが、放射線の健康影響への不安が直接・間接に2000人を超える避難関連死を引き起こした。人々の不安の原因は、日本の教育が長らく放射線に関する基礎知識を教えてこなかったことと、放射線防護の関係者が適切でわかりやすい説明をしてこなかったことにある」と多田氏。

 

多田順一郎氏(NPO法人放射線安全フォーラム理事)

 

 これまで放射線防護関係者の説明不足であった以下の項目に関して、歴史的背景に基づいて誤解の理由を説明した。

 

(a) 「どんなに僅かな放射線曝露でも受けた放射線の量に比例してがんや白血病のリスクがある」とするLNTモデル(線形閾値なしモデル)が、科学的結論ではなく、放射線防護の方策を立案するための方便に過ぎないこと

(b)いわゆる「公衆の線量限度の年間1ミリシーベルト」は、公衆にとっての安全と危険の境目ではなく、放射線施設の設置基準に過ぎないこと

(c) 低線量の放射線を受けてもいわゆる遺伝的影響は起きないし、まして、奇形や不妊を引き起こすことがないこと

 

 「事故後、文部科学省は小学生用と中高生用の副読本を刊行して、放射線教育の推進を図ったが、教育現場では、もはや放射線教育への熱意が冷めてしまったように思われる。人々を放射線への過剰な不安から解放するには、児童生徒たちが放射線に関する基礎知識を適切に学べる体制を維持する努力が必要だ」と訴えた。

 

 

■福島の高校生が福島を学び、つなげる

 高校生たちの発表もあった。登場したのは福島県立磐城桜が丘高等学校(福島県いわき市)の生徒3人と指導教諭の石井伸弥氏。「福島で学ぶ福島~高校生と教員の視点から~」という講演タイトルで、生徒たちが「福島探究ゼミ」という授業を通して学んだことを熱心に伝えた。

 

石井伸弥氏(福島県立磐城桜が丘高等学校教諭)

 

 石井教諭は、この授業を実践するにあたって「生徒たちが福島にいるさまざまな立場の人からいろいろな話を聞いて、その中で知識と知識が関わるようになり、人と人とがつながっていくことを実感してほしい」との思いを込めて指導。「生徒には、つなぐことこそが福島の未来をつくると感じてほしい」と期待したという。また、福島の高校生が福島第一原子力発電所事故後の福島を学ぶことで、自分がどんなことに興味を覚えるかなど、自己理解につながる可能性もあると語った。

 

 

■安全な食品でも価格が戻らない

 3番目に登壇したのは、農学が専門の田野井慶太朗氏(NPO法人放射線安全フォーラム理事・東京大学大学院農学生命科学研究科教授)。田野井氏は福島県伊達市や飯館村などで調査活動をしてきた実績を持ち、この日は「農業と食の安全を振り返る」と題して、福島第一原子力発電所事故が起きてから福島県内で食の安全がどのように守られようとしてきたかを話した。

 田野井氏はこれまでを振り返りながら農産物の検査結果について解説。全体的に見れば、多くの食品は安全の基準値をクリアしている。農産物の土壌を介した汚染も限定的だった。しかし、それらの食品は安全にもかかわらず、価格が15~20%減になっているとのこと。

 例えば、福島県の名産の一つである桃の価格は下がったままだという。また福島県の米は食味で高い評価を受けているが、その生産は20%ほど減ってしまい、回復できないでいるという。しかし、福島の特産の一つであるキュウリは、一時的に価格は下がったが、回復して現在では全国平均よりも高くなっているとのことで、同じ特産物でも明暗が分かれている。

 「価格が下がってしまう原因は『福島県産』という要素だけで、その味の良しあしは関係がない。消費者庁の調査を見れば、食品中の放射性物質を念頭に産地を気にする人は、2013年では30%いたが、その後は下がり続けて2018年では15%程度になっている」と田野井氏。実は流通業者が気にして福島県の農産物を避ける傾向があると指摘した。

 また田野井氏は、食の安全を確保するために生産者たちが多大な努力を払っていることにも言及。「事故直後から福島県の農家は『うちの農産物が基準値以上になってしまうと産地全体が出荷停止になる』というプレッシャーを日々感じながら農産物をつくり続けてきた。そのことをもっと理解してほしい」と訴えた。

 

田野井慶太朗氏
(NPO法人放射線安全フォーラム理事・東京大学大学院農学生命科学研究科教授)

 

 

■関心の低さが風評被害を生む

 

 最後の講演者は、社会心理学が専門の関谷直也氏(東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授)。「福島における風評被害」というテーマで、これまで実施してきたアンケートやヒアリングの意識調査などを踏まえて、福島第一原子力発電所事故による風評被害の対策ポイントを示した。

 「ある社会問題が報道されることによって、本来『安全』とされるものを人々が危険視し、消費、観光、取引をやめることなどによって引き起こされる経済的被害のことを、風評被害と定義することができる」と関谷氏。風評被害は、もともと原子力損害賠償法などで定義されていない経済被害をどのように補償すべきか議論するための言葉であったが、JCO臨界事故を契機に行政上認められるものとなった。つまり放射性物質による汚染の影響がなかったとしても、食品や商品などに経済的被害が起きることを風評被害として認められるようになったとのこと。

 

関谷直也氏(東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授)

 

 その中で食品の風評被害が生じる背景には主に三つの要因があるという。一つ目は、安心や安全を求める人々の心理。二つ目は、マスコミの報道による情報過多の状況。三つ目は代替品の有無。消費者が漠然と不安を感じる食品に対して、代替する食品があると風評被害が生じやすいとのこと。「例えば、米にはさまざまな産地があり、代替性が高い食品。消費者は他の産地の米が同じように買えるので、福島県産の米の価格は回復しないままになってしまいやすい。しかし、キュウリは東京などの卸売り市場で福島県産が主力になるときがあり、代替性が低い食品として価格が早めに回復するという現象が見られた」という。

 関谷氏が実施してきたアンケート調査の結果を分析したところ、福島県産の食品に対する不安がなくなったと回答した人たちの多くは、検査で放射性物質が検出されなくなったという事実を知ったとか、基準値を超えた食品は出荷されないという情報を得たという人でもあった。「食品検査が大きなポイントで、応援や広告などのイメージを用いた対策よりも、検査体制やその結果を事実として伝えていくことのほうが風評被害の対策として有効」と語った。

 

 

■復興の鍵の一つは「伝える」こと

 最後に講演者や参加者を交えたディスカッションとなった。まず座長を務めた高橋浩之氏(NPO法人放射線安全フォーラム理事長・東京大学大学院工学系研究科教授)が、この日の講演では「伝える」ことの重要性が多く語られていたと指摘。福島第一原子力発電所事故後の10年間を振り返ることで「何をどのように伝えるべきだったのか」を考えられるのではないかと問いかけた。

 

高橋浩之氏
(NPO法人放射線安全フォーラム理事長・東京大学大学院工学系研究科教授)

 

 

 放射線防護の専門家である多田氏は「私のような専門家はサイエンスとして正しいことを伝えるということに尽きる」と言い切る。仮に、専門家が正しいと思った選択や判断であっても、後にその間違いに気づいたときには「サイエンスとして正しいことを伝えることが専門家の責任。過ちを改めるにはばかることがあってはならない」と言い添えた。

 磐城桜が丘高等学校の石井氏は、生徒が発表するときは「その発言で傷つく人がいないか」と問いかけているとのこと。それを生徒たちが自ら判断できるようになるためにも、「多くの人に出会って、生徒が自分の考えを行ったり来たりさせながら方向性を見いだす経験が重要になる」と語った。

 農学が専門の田野井氏は、少数の農業従事者の声に耳を傾ける大切さを指摘した。「国民全体に占める農業従事者は1%程度で、どうしても農業従事者以外の99%の意見が強くなりがちだ。食品の安全基準については、厳しい基準値を求める声もあるが、基準値を厳しくすることで生産者の努力やストレスも増える。私は農学の専門家として、サイエンスとして正しいことを伝える一方で、私たちの食べものをつくっている少数の方たちの声にも耳を傾けてほしいと伝えたい」と語った。

 また、風評被害を研究している関谷氏は「検査のあり方やコストについて不合理なところはあると思うが、検査態勢や検査結果を伝えることの重要性は、あくまで人々への意識調査の分析から出てきた結果論であり、私はそこからしか読み解けない知見があると思っている」とのこと。例えば、食品のパッケージや包装に書かれている細かい成分表示について、読む人はほとんどいないが、その表示を見ることで安心を得る人は多いと指摘。「福島県外の人は検査態勢や検査結果のことをよく知らず、ぼんやりとした不安がきっかけとなって消費行動に結びついていく。だからこそ、その不安を低減させることに一番効くと思われる検査の態勢や結果を伝えるということがとても重要になってくる」と説明した。

 

Copyright © 2013 公益財団法人日本科学技術振興財団