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第45回

「新学習指導要領に基づく高等学校教科書における放射線記述と日本原子力学会の提言」

九州大学名誉教授
日本原子力学会フェロー

工藤 和彦

 東日本大震災(平成23年3月11日)とそれに伴う東京電力福島第一原子力発電所事故により被害を受けられ、避難を強いられている方々に心からお見舞いを申し上げます。

 日本原子力学会では、平成8年から初等・中等教育教科書における放射線やエネルギー、原子力に関する記述を調査し、10件の報告書にまとめて公表してきた1)。本コラムでは、これまであまり取り上げられていない高等学校教科書における放射線に関連する記述について紹介するが、まず中学校教科書調査について簡単に述べる。

 

平成24年度までの記述とは

 平成23年度に中学校の教科書(社会、理科、国語など35点)で福島第一原子力発電所事故(以後事故)がどのように記述されているか調べ、24年3月に報告をまとめた。学習指導要領の改訂に基づいて、理科では約30年ぶりに放射線の記述が復活したが、いずれの教科書でも放射線や放射能が適切に説明されている。教科書によってはベクレルや半減期などを紹介しているものもあり、生徒の理解が深まることが期待される。いくつかの教科書は震災及び事故を記述するために事故後に追記・訂正を申請して検定を受けている。それらでは原子力発電所事故の際の危険性が述べられているが、事故による放射線被ばくや環境汚染についての記述はまだ少なかった。

 平成24年度に社会科、理科を中心に高等学校教科書(地理歴史、公民、理科など125点)を調査し、平成25年3月に報告した。前年度調査した中学校教科書では事故が簡単な記述に留まっていたのに比べると、発生から2年になり情報も得られてきたことから、相当に詳しく記述されており、事故について事実を中心に取り扱われていた。

 放射線被ばくによる子孫への影響(遺伝的影響)は広島・長崎における調査においても見つかっていないが2)、急性障害、晩発障害に加えて、「放射線を浴びた人の子孫に影響を及ぼす場合もある」といった記述がまだ残っている。また、「これ以下なら影響が全くないという安全量は確認されていない」という記述は、リスクコミュニケーションにも関連することであるが、ICRPの勧告などの説明を加えておかなければ、生徒がゼロリスクを求めることにもなりかねないと懸念される3)。放射性廃棄物の処理・処分に関する懸念を示した記述も見られたが、廃棄物の処理技術と処分場の選定の課題をそれぞれわかりやすく説明することが望まれる。

 

平成26年度の調査により5項目の提言を公表

 新学習指導要領に基づいて検定を受けた地理歴史科(世界史、日本史、地理)および公民科(現代社会、倫理、政治・経済)の教科書が平成27年度から採択・使用される。そこで、平成26年度にはこれらの教科書における事故及び関連した放射線の健康影響、放射性物質による土壌や海洋汚染などの環境影響、国内外の原子力政策への影響に関する記述に重点を置いた調査(地理歴史科40点、公民科27点)を行い、その結果を5項目の提言として報告書にまとめ、平成27年3月に公表した1)。提言1では事故の記述に関して、国会、政府、日本学術会議、原子力学会から公表されている調査報告書などに基づいた正確で公正な記述を要望した。

 提言2は事故による放射線被ばくの影響に関する記述について、環境汚染や放射線による住民の健康影響についての懸念が継続していることから、客観的に判断できるよう最新の科学的データに基づく記述を要望した。国連科学委員会(UNSCEAR)がICRPを通して事故を調査し公表した報告書でも、地域の住民の方々の放射線被ばく量は健康に影響するレベルをはるかに下回っていると推定されており、心理的・精神的な影響が最も重要だとされている4)

 また、マスメデイアにも「・・・先天異常の一般的な発生率は3%程度といわれる。日本産婦人科医学会がまとめた平成24年の全国の発生率は2.34%で、福島の率は、これとほぼ変わらなかった。また、早産や低出生体重児の割合も、全国的な傾向と変化が見られなかった」5)。という報道がある。今後もこのような正確な調査が継続され、教科書に適切に記述され、教師による丁寧な授業が行われることによって生徒の安心につながることを心から願っている。

(放射線関連以外についての提言3〜5は下記の学会HPをご覧ください)

 

1) 報告書は原子力学会HP http://www.aesj.net/ の「人材育成・初等中等教育」欄に掲載している

2)「放射線の影響がわかる本」(財)放射線影響協会112頁2000年11月増補改訂版

3)「新学習指導要領に基づく高等学校教科書のエネルギー関連記述に関する 調査と提言」平成25年3月 p.68 上記1) に掲載

4)国際放射線防護委員会(ICRP)の「低線量放射線被ばくの健康影響」についての見解:長崎・広島の被爆者の疫学的調査から100mSVを被ばくすると生涯のがん死亡リスクは0.5%程度増加する。(ちなみに日本人の平成21年の死亡データでは約30%の人ががんで死亡している)(福島県発行の健康への影響に関するパンフレットより)

5) 読売新聞の記事(平成27年1月9日付)

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