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第44回

誰のための、何のための放射線教育か

東京医療保健大学 教授
伴 信彦 氏
 学習指導要領が改訂され、約30年ぶりに中学校理科で放射線が扱われるようになった。放射線を専門とする者として、それ自体は歓迎すべきことで
あるが、一方でどこか釈然としないものを感じている。それを一言で言うならば、放射線が原子力の副産物として位置づけられていることへの違和感・
懸念ではないかと思う。
 新しい学習指導要領では、中学校理科第一分野「科学技術と人間」の「エネルギー資源」という項目の中で、放射線が扱われる。指導内容を詳述した
中学校学習指導要領解説は、「原子力発電所ではウランなどの核燃料からエネルギーを取り出していること、核燃料は放射線を出していることや放射線
は自然界に存在すること、放射線は透過性などをもち、医療や製造業などで利用されていることなどにも触れる」としている。
 物理学的に放射線はエネルギーの一形態に過ぎない以上、学校教育においては、熱、光、音、電気などと同列に扱うのが順当であろうと思う。にもか
かわらず、原子力発電という実学的かつ社会的に複雑な問題を切り口とするのはなぜなのか。原理や法則を教えるべき基礎教育の場で、それが実社会に
おいてどのように利用されているかという、言わば二義的な事項が中心に据えられているように思うのである。中学校の理科教育では、原子の構造を前
提に話を進めることができないといった難しさはあろう。しかし、例えば光について教えるときに、光の実体や光源の仕組みに踏み込むわけではないの
と同様に、放射線自体の性質を教えることは可能ではないか。そのように考えてしまう。
 そもそも、中等教育のカリキュラムに関して全くの門外漢でありながら、この点にこだわるのは、放射線が原子力とセットで語られる構図では、科学
的なメッセージがストレートに伝わりにくいと感じているからである。この傾向は、福島第一原子力発電所の事故以来、とくに顕著になっている。ある
放射線の専門家は、講演会の参加者からこう言われたそうである。「最初に原発賛成か反対かをはっきりしてほしい。その答え次第で、あなたの話を聴
くかどうかを決める」と。これは極端な例ではあるとしても、原子力への賛否によって、科学的な事実の認識が変わると思っている人は少なくない。
 このような状況では、正しい理解の普及を目的とする中学校理科における放射線教育の復活も、原子力発電を切り口とする限り、原子力利用のプロパ
ガンダと誤解されかねない。指導要領の方向性が原子力利用を一方的に是認したものと見做され、場合によっては、自然放射線や医療放射線を語ること
さえも、放射線の危険性から目をそらせるための試みと解されるおそれがある。
 ましてや今回の事故の被災者、とくに避難を余儀なくされた方々にとっては、原子力発電を切り口とする枠組みそのものが、感情的に受け入れ難いの
ではないだろうか。事故後の情報や対応に翻弄され続けた方の目には、政府や専門家が学校教育を通して、危険性を小さく見せようとしているだけだと
映るかもしれない。
 本来、教育の枠組み如何にかかわらず、科学的事実は揺らぐものではない。しかし、未曾有の事故を経験し、原子力利用の是非が社会問題化している
現状においては、放射線教育の動機付け、導入に特別な配慮があって然るべきである。その際に大切なのは目的を見失わないこと、すなわち、誰のため
の何のための教育かという視点を常に意識することである。原子力の推進あるいは廃絶といった、特定のイデオロギーのために放射線教育を行うわけで
はない。社会が抱えている問題に、適切に対処するための教育でなければならないはずである。とくに、事故で被災した子どもたちが、社会の無知や誤
解のために不当な差別を受けることがないようにする、それが何にも増して重要である。このような観点から、これからの放射線教育はどうあるべきな
のか、関係者が引き続き議論を重ねることが望まれる。
 
 
 

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