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第42回

放射線防護研究者から先生方へのお礼状、そして。

放射線医学総合研究所
規制科学研究プログラム
神田 玲子 氏

 このコラムをお読みになる先生の中には、新指導要領に放射線教育を盛り込む議論を行っていた頃から、放射線教育に関心がおありの先生もいらっしゃれば、福島原発事故以降、放射線教育が理科の領域だけに留まらなくなったことを契機にこのサイトにたどり着いた先生もいらっしゃるのではないかと思います。そうした先生方全てが、福島原発事故において学校現場が放射線対策の最前線になったことで、大変なご苦労をされたのではないでしょうか。例えば体育の授業やクラブ活動での校庭利用はどうすればいいのか、教室は窓を開けていいのか、制服、給食、プール、学校菜園、落ち葉等の対応はどのようにしたらいいのか、そして子どもたちや保護者の方々にどのように説明するのか、お悩みになったことと思います。

 放射線防護の対策は、被ばくの状況やリスクの評価を基に考える必要があります。そうした領域の専門家として、私ども放射線防護の研究者が存在していますが、放射線影響の研究者や放射線を利用するプロフェッショナル(放射線科医、診療放射線技師、原子力関係者等)に比べて放射線防護研究者の数は圧倒的に少なく、各学校に伺い、それぞれの被ばく状況に合わせた対策決めのお手伝いをすることはできない状況でした。そのため、自治体からの指示やさまざまな専門家の協力を得ながら、実際の対策を決めるという重責を担われた先生が多くいらしたことと思います。おそらく可愛い児童・生徒たちのために、放射線の性質や影響について猛勉強をされたり、規制や管理の考え方を調べたりなさったことでしょう。放射線防護研究者の一人として、先生方が放射線の量と健康リスクの定量性を的確に把握し、わかりやすい言葉で生徒や保護者の方々に説明下さったことに敬意を表し、また感謝申し上げたいと思います。

 

 こうした学校の先生方の活躍は、国が放射線のリスクコミュニケーションの在り方を見直すきっかけとなりました。事故の翌年、国は、専門家が説明者となっていたこれまでの形態を修正し、学校の先生や医療従事者(保健師や看護師等)が説明者となる体制づくりに動き出します(原子力被災者等の健康不安対策に関するアクションプラン*1)。この政策の一端として、私は「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料*2」の作成を担当しました。これは放射線の基礎知識、放射線による健康影響に関する科学的な知見、および関係省庁等が発信している情報等についてとりまとめたものです。放射線のリスクコミュニケーション活動に関わって下さる方々の労力軽減を目的としたものですが、放射線教育を行う先生の参考書としてもお使いいただけると思います。また昨今では、先生向けの研修も盛んに行われるようになりました。こうした試みの結果、放射線を正しく理解された先生方が着実に増えています。ぜひ今後とも、地域住民の放射線に関する知識普及にご尽力頂きたいと思っています。

 

 ただこうした国の「梃入れ」はあくまでも「応急処置」です。システマティックに、かつ持続的に放射線のリスクを理解した先生方を輩出し、社会全体の放射線リテラシーの向上や教育現場でのかじ取りを担ってもらうためには、大学の卒前教育や社会人教育、さらには大学院教育における放射線教育を充実させることが理想的です。特に被災地や原発立地県では、地域に応じた放射線教育と放射線防護の双方を指導できる人材が必要ですが、こうした人材は今のような応急処置では育成できません。つい最近、日本学術会議の放射線防護・リスクマネジメント分科会は「医学教育における必修化をはじめとする放射線の健康リスク科学教育の充実*3」という提言書を発表しました。その提言の一つが、社会人(教員、自治体職員等)を対象とした大学院「放射線健康リスク科学教育プログラム」(修士課程相当)を設置するという内容です。提言書では、地方自治体に対し、教育委員会や保健所及び放射線管理部署等には、当該プログラム修了生を採用することを推奨しています。私自身もこうした提言の実現に向けたお手伝いをさせて頂こうと思っています。

 

 事故前はあまり接点のなかった放射線防護と放射線教育ですが、今では互いに支え合うべき存在です。初等教育から一貫した放射線教育の下支えなくしては、社会全体の放射線リスクへの理解は望めず、また将来放射線防護を担う人材も枯渇すると思われます。そしてリスクとベネフィットを秤にかけ、被ばく行為の是否を判断する放射線防護の考え方は、放射線教育を介して、「合理的な判断ができる大人になるための教育」へと昇華する基盤となり得ます。ぜひ「明日のため」「子どものため」にベクトルをそろえ、両者の接点の機会や連携の場を増やしていきたいと思っています。

 

*1 http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=20079&hou_id=15300
*2 https://www.radi-edu.jp/2014/07/09/1730
*3 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t197-3.pdf

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