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第40回

今こそ多様な専門家を巻き込んだ分野横断的・科学的放射線教育を!

公益財団法人 ルイ・パストゥール医学研究センター
基礎研究部 インターフェロン・生体防御研究室室長
宇野 賀津子 氏

 低線量放射線の生体影響を議論するなかで、ずいぶんと異なる分野の方々と議論する機会をえた。生物・医学、物理それも実験系と理論系、工学それも原子力から測定、さらには教育、文化人類学と様々である。この課程で一番思ったのは分野間の感覚・考え方の違いである。同じ理学部でも放射線と言う言葉を聞いた時に、何を思うかはずいぶんと異なるようである。友人の物理学者等と話した経験から、低線量放射線の影響について事故後専門家と称する人が、特にその生体影響について相反する色々なことを言って混乱をまねいたが、その一番の原因が、分野間の感覚の違いにあると思った。

 事故直後、仲間の物理学者は、どんな低線量でも放射線は生体に影響があるから、可能な限り浴びない方が良いという。特に、京大の物理の湯川先生門下の方々は、原水爆禁止運動の先頭に立った人も多いのでなおさらである。一方、生物や医学の関係者の多い私の周辺では、がんリスクという観点からは、たばこの方がずっと危険という。ところが物理学者はたばこの害と放射線の害を同列で比較するのは不謹慎と言った。事故直後の2週間、物理学者と激論し、低線量放射線の影響の大半は放射線が水分子に当たってできる活性酸素によることを説明し、放射線の影響とたばこの影響が対比できることを説明した。また現在地球上で生きている生物は、宇宙線や紫外線が降り注ぐ中で防御するシステムを獲得したものが生き残ってきたこと、遺伝子が傷つく、細胞が死ぬというのは生体ではそれほど特別なことではなく、呼吸で漏れ出る酸素によって、毎日私達の遺伝子は傷ついていて、生体は傷ついて治しての繰り返しの中で生きていることを理解してもらった。この経験も踏まえ、一度に数百mSv以上を浴びるような高線量でなければ、低線量放射線の影響は食べ物由来の色々な変異原で傷ついたり、紫外線で傷つく範囲の延長線上にあると言うことをあちこちでお話した。

 そして福島で皆が心配しているがんリスクなら、私の研究の一部であるがんの再発を予防するライフスタイルというのが参考となると思い、自分にも福島に貢献できることがあると思った。多くのがん患者さんの免疫機能を測って思ったことは、抱えているがんの大きさよりも、見かけ上元気にしている人の方が概ね免疫機能は高いということであり、結果的にそんな方が長生きであった。手持ちのデータでもがんの手術後免疫機能が上昇した方が、長期生存者のグループに多いことも事実だった。「放射線の影響を過大に心配して免疫機能が低下するほうが、もっとがんリスクを上げるよ」と話始めて今に至っている。私には、放射線の影響を過度に心配するあまり、野菜を食べない、子供を外で遊ばせない、親のストレスの方が心配である。実際、免疫機能は過度のストレスで低下するし、食事というのは免疫機能強化にも影響が大であった。

 事故直後野菜の放射能汚染が報道されるや給食の野菜の食べ残し率が上昇したという。中には子供に野菜を食べるな!という親もいて、福島でも基準値以下の食品しか流通していないにかかわらず、あまり状況は改善していないという。去年の秋、福島の保育園に行ったときにも、便秘の子が多いと聞いた。「野菜不足もリスクですよね、」と栄養士さんは言った。

 エイズ教育や性教育に私自身、少なからずかかわってきた。2002年頃から子供たちの身を守るための性教育が過激な性教育ということで、日本各地でやり玉に挙げられた。その結果、「性病や望まぬ妊娠の予防にコンドーム」といった教育が、現場ではできなくなったと聞く。日本は、先進国で、唯一HIV感染者数が右肩上がりで増えている国である。実際的で具体的な性教育、エイズ教育を避けて、患者差別はいけないという人権教育でエイズ教育が終わっていることにも一因があるように、私は思っている。

 この40年間日本では放射線教育というのは特になされてこなかった。関西では、私の娘達もそうであったが、小学校5年生の時に修学旅行で広島へいく。放射線と言う言葉はその前に初めて習うから、「放射線」と聞いて思い出すのは、広島平和記念資料館の風景である。広島・長崎の原爆では、死者の50%は爆風、35%は熱、放射線は15%程度と言われているが、広島平和記念資料館に行くと、爆風もやけども放射線の影響と思えてしまう。

 今回の事故の反省が放射線教育の中で成されることはもちろん重要である。しかしながら、低線量放射線の影響も、高線量放射線の影響も同列であつかい、原爆の話と福島第一原子力発電所事故の話に終始していては進歩がない。科学としての放射線、放射能、放射性物質について、またその生体影響について進化との関連も含めデータに基づいて総合的に学んでほしい。現場の先生方が多方面の専門家と議論し、教育プログラムを作成されることを望んでいる。くれぐれも、原爆の話、原子力発電所事故の話、エネルギー問題でお茶を濁すことのないようにと、切望する。

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