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第38回

科学教育と防災学習

広島大学大学院教育学研究科 教授
蔦岡 孝則 氏

 広島大学教育学部では,2003年度から学部4年生を対象に「自然環境・防災学習論」と題する授業を行っている。自然との共生及び持続可能な開発のための教育の観点から,理科教員を目指す学生に対して,物理,化学,生物,地学に関連した環境問題,自然災害や環境保全・防災についての内容を各教科の教員がオムニバス形式で講義するものである。地震・土砂災害等の自然災害や,化学物質による環境汚染,生物資源の問題等とそれらに対する防災や環境保全の取り組みを科学教育の立場から議論している。その中で,物理学に関連した環境・防災学習として放射線を取り上げ,放射線の種類や身の回りの放射線環境に関する基礎知識,核実験や放射線・原子力関連施設の事故等による放射線環境の破壊や汚染とそれらに対する放射線防護等の防災について講義を行ってきた。筆者は固体物理学の研究でX線回折実験や研究用原子炉を用いた中性子線回折実験を行っているが,放射線や原子力を専門に研究している訳では無いため,講義の大部分は文献や資料を参考に構成している。

 これまでの10年間の授業を振り返ると,2010年までは放射線量の単位である「シーベルト」や,単位時間あたりの崩壊数「ベクレル」は本講義で初めて耳にする学生がほとんどであった。また,放射線施設や原子力関連施設の事故と環境汚染の例として,スリーマイル島の原発事故(1979),チェルノブイリ原発の事故(1986),動燃の事故(1997),東海村の臨界事故(1999)等を題材として放射性物質の環境への放出と放射能汚染,被ばくに対する防災指針等について議論していたが,聴講する学生の反応は「そんなこともあったのか」という程度であり,どこか遠い世界の話を聞いている様であった。そして,筆者自身2010年の段階では,翌2011年に実態もよく分からない状況で本講義にレベル7を超える重大な原子力事故として福島原子力発電所の例を加えることになるとは予想していなかった。

 東日本大震災から2年が経ち,今年度も放射線環境に対する防災学習の講義は続いている。2011年度以降の授業では,シーベルトやベクレルは学生にとって初めて聞く言葉では無くなった。ボランティア等で東日本を訪れ,地震や津波に対する認識が変わったと話す学生もいる。色々な意味で放射線や原子力を身近に感じるようになり,自然災害や防災に対する学生の意識も高くなったと感じている。しかしながら,災害の記憶は時と共に薄れていくものである。それゆえ,自然災害やそれに付随して発生する様々なリスクについての科学的知識とそれらの活用方法を科学教育において継続的に伝えていくことが重要である。

 我が国は,今後長期に渡って福島第一原子力発電所事故による環境汚染等と向き合っていかなければならない。持続可能な社会を構築していくためには,日本の将来を担う児童・生徒がエネルギーや環境に関する科学的な認識と理解を獲得するための学習を学校教育の中に正しく位置づけていくことが必要であろう。

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