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第37回

「放射線・放射能」 〜消費者・生活者のための科学としての側面のさらなる充実を〜

北海道大学名誉教授、福島高専特命教授
佐藤 正知 氏

 第二次大戦後、再び欧米並の豊かさの日本を作り上げようと鉄鋼業や電力事業をはじめとする基幹産業を立ち上げ、朝鮮戦争特需も加わって、1950年代半ばから日本の高度経済成長が加速した。世界で最も豊かで購買力のある当時の米国市場に良質で安価な商品を輸出して収益を上げ、勤労者は貯蓄し、この資金を設備投資に回して、経済規模を拡大した。鉄鋼に続き造船、重化学工業製品、繊維、家電、自動車、半導体と日本の対米輸出は伸び、日本経済の規模は急速に拡大した。1973年、1979年の2度の石油危機を乗り越え、1985年9月のプラザ合意の後、急速に円高が進んだ。この結果、日本の消費者が海外の製品を購入できるようになり、価値の高まった円をドルに換えて海外旅行を楽しむ時代が到来した。日本の消費が拡大したことから自国の市場向けに、そして欧米諸国や中国をはじめ海外の市場向けに製品を販売するとともに海外での製造販売のための投資を拡大して、企業はグローバル経済の中で如何に生き残るのか問われる時代、同時に日本の景気は消費動向に大きく左右される時代を迎えた。

 効率を上げる技術的分業が進化する中で、極めて多様で複雑化した生産システムや流通・販売システムを作り上げ、経済効率は飛躍的に高まった。公害、薬害の発生、事故の多発を経て様々な規制も整えられた。豊かになる中で経済最優先から、経済性とともに安全性、利便性、快適性や環境適合性が求められるようになった。温暖化等地球規模の問題は混迷の度を深めているが、経済的豊かさを背景に日本の大気汚染や川や湖の水質が改善し、森林の緑も一頃に比べると鮮やかになった。地下鉄にエレベーターが設置され、老人や体の不自由な人々も街に繰り出すようになり、建築物の耐震性も向上して社会資本整備が進んだ。その一方で、専門化し細分化された中で異分野を理解することが難しくなり、消費者は自ら選ぶ商品の良し悪しを納得が行くまで判断することは容易でなくなった。しばしば不安を払拭できない疑心暗鬼の状態に陥ようになった。発電所やゴミ処理場や処分場は敬遠されている。民主主義体制のもとでは誰もが意見を言える。このような必然的にNIMBY(Not in my backyard)を生み出す体制の下での社会的意思決定は困難を極める。“自分にとって好ましい意見”をいくら集めても“全体にとって好ましい決定”は生まれない。需要と供給とは次元の違うところで多額の費用と時間がかかり経済効率は大きく低下している。

 福島県の二大地方紙である福島民報と福島民友は、連日、1ページ弱を割いて、教育施設の放射線モニタリング結果、穀類等や魚介類や海水や海底土壌に含まれる放射性物質の検査結果、県内各地の環境放射線量測定結果を掲載している。福島第一原子力発電所事故は、2年半が経過した中で、特に福島県浜通り地域に関係する自治体や地域に対して、存亡に係わる影響を与えている。一般の人々にとって、異分野としての放射線や放射性物質については、不安を払拭できず、かといっていつの時代もそうであるが、体系的に理解を深めることは容易ではない。3.11の事故をきっかけに、原子力発電は潜在的な危険性から現実的な危険性を抱かせるものへと変わった。「放射線や放射能について限られた知識しか持たない中で、現実的な対応をせざるを得ない立場」に追い込まれた。放射能・放射線は教育の中で伝えることはもとより、経済活動や日々の生活を営む上でも生活者の科学、消費者の科学まで浸透する必要が出てきた。お米や野菜や根菜や魚介類に含まれる放射性セシウムからの放射線を測定しスクリーニングするとはどういう過程か。放射性セシウムを含む野菜などを摂取するとどの程度内部被曝につながるのか。食品に含まれる放射性物質の比放射能が100Bq/kgとはどの程度のものか。8,000Bq/kg以下であれば埋め立て処分してもいいとはどういうことか。0.23μSvとは・・・。一般の人々にとって自然の放射性物質との比較や、基準決定の過程や根拠を理解することが容易でないことから、疑心暗鬼が生じてしまう。あらためて消費者・生活者のための科学・技術の側面の充実が期待される。

 われわれの社会が、今後永く生き残っていくためには、短期と中長期の両面を見据えながら、企業活動も消費活動も健全なものであることが欠かせない。安全確保が最優先課題である独立性の高い原子力規制委員会が誕生し、電力事業者や、核燃料サイクル事業者や廃棄物処分事業者が進めようとすることに対して、規制委員会との間でのやりとりを消費者(国民)が見て判断する。できるだけ間違いのない目で見ることができるように、消費者・生活者の科学として分かりやすく体系的なものに作り上げるように、これまでにも増して努力が傾けられる必要がある。この努力が功を奏しない場合、経済効率は低下するとともに安全面での手当が難しくなり、われわれの生活水準にも大きな影響が出てくることが懸念される。

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