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第30回

公正で科学的に正確な知識の普及を

文部科学省 初等中等教育局 教育課程課
教科調査官
林  誠一 氏

「今すぐ展示を中止しなさい!」
30年前,高校の教員になって1年目の学校祭での出来事である。

 「教員になったら理科関係の部活動顧問になって,生徒と一緒に研究したい」との思いから,運動部との掛け持ちだったが,科学部の顧問を希望し願いがかなった。「まずは子どもたちが一番興味をもっていることをやろう」と考え,部員に1年間の研究テーマを検討させたところ「放射線について勉強したい」と言ってきた。すぐに,放射線の基礎知識に関する本を部員全員に購入させ,週1回勉強会を開いた。放射線の勉強を進めるうちに,生徒は「原子力発電」に興味を持つようになり,秋の学校祭で「原子力の利用」と題して展示発表を行うことにした。外部の団体から,放射線や原子力の仕組みに関するパネルなどを借りたり,体験コーナーをつくったりして,理科室をちょっとした博物館のように仕上げた。生徒も夏休みのほとんどをその準備に費やし,夢中になって取り組んだ。

 学校祭当日,科学部の発表会場は生徒や保護者で大盛況。部員も私も「やった!」と大満足だった。ところがその日の午後,校長室から「展示をすぐにやめなさい」との電話が入ったのである。ある保護者から「学校であのような展示をするのは問題だ」とクレームが入ったからだった。ショックよりも「なぜだめなのか!」との気持ちが強かった。いやそれ以上に,生徒を「僕らは悪いことをやったのか?」という気持ちにさせたことが何よりつらかった。生徒が「知りたい」と思い,「他の人にも知ってほしい」と思ったことを「知らせる(発表する)」ことのどこが悪いのか,私にはわからなかった。教員という職が悲しいものに感じられた。

 平成24年度から,中学校でも新学習指導要領に基づくカリキュラムが全面実施となった。エネルギー環境教育に関係の深い理科は,科学的なものの見方や考え方を育むとともに,科学的な体験や自然体験の充実など「実際に触れて感じる」ことを重視した学習内容となった。中学校3年生の最終単元には「自然環境の保全と科学技術の利用」というテーマが設けられ,現代社会を支える科学の有用性とともに負の側面も踏まえた上で,自ら考え判断する力が養えるよう工夫されている。

 新指導要領では中学理科に約30年ぶりで放射線の授業が復活した。東日本大震災とそれに伴う福島第一原子力発電所の事故で,世の中には放射線についての情報があふれているが,中には,風評被害につながりかねない偏った情報もある。公正で科学的に正確な知識の普及がなによりも重要であり,さまざまな場面で放射線を考える機会を増やしていただきたいと思う。

 放射線も含めたエネルギーや環境の問題は,資源小国・日本が持続的に発展するために避けては通れない課題である。将来を担う子供たちが,そうした課題を自ら考え判断できる素地をつくることが重要であり,理科だけでなく全教科で情報を共有して取り組む姿勢が,今後ますます大切になる。

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