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第29回

放射線や放射能についての正しい科学的知識を高めるために

東北大学名誉教授
中村  尚司 氏

 2011年3月11日の東日本大震災の津波による東京電力福島第一原子力発電所の事故で、環境中に放射性物質が放出され、環境が汚染される事態が発生しました。それに伴い国民全体に放射線や放射能に対する関心が高まり、人間だけでなく環境や動植物等の放射性物質による汚染への不安も高まっています。人は知らないことや身近に感じないことに対しては不安を抱くものであり、例えば、牛肉のBSE問題やダイオキシンなどの環境ホルモンに対する騒ぎにも現れています。今回の原子力発電所事故も同じです。放射線・放射能に対する不安が増大することによって、過剰ともとれる報道を数多くみかけました。これは何人もの死者が出ている病原性ウイルスや自動車事故に対する反応に比べ、やはり放射線・放射能が身近に感じられず、正しい科学的知識を持っていなかったことに起因していると思います。

 この点については30年間もの間、学校教育において、放射線・放射能に関する教育を行ってこなかった国のやり方にも問題があったと思います。その意味で今回、文部科学省から依頼を受けて、私が編集委員長を引き受け、放射線等に関する副読本として、小学校用「放射線について考えてみよう」、中学校用「知ることから始めよう放射線のいろいろ」、高等学校用「知っておきたい放射線のこと」を児童・生徒用と教師用にそれぞれ出版しましたが、30年間の放射線教育の空白を埋めるべく、これから教師も含めて如何に教育して、放射線・放射能に対して正しい科学的知識と理解を持つように児童・生徒たちを育てていくかが極めて重要です。この副読本は、全国の学校で使われることから、今回の原子力発電所事故のことは他にいろんな情報があふれていることから特別には取り上げず、放射線とは何かという興味を持ってもらうことに重点を置いた構成になっていて、当初の予想をはるかに超えて、1400万部も発行して大ベストセラーになったそうです。この副読本は、文科省のホームページからダウンロードすることができます。

 放射線・放射能は46億年ほど前に地球ができて以来ずっと存在し、人類は放射線・放射能が存在する環境の中で進化を遂げてきました。その中で、人間は放射線を受けることにより細胞が損傷を受けても、その損傷を修復する機能を持っています。従って、放射線による影響は、その受けた量によるのであり、受ける量が少なければ、例えDNAに異常が発生しても、それを排斥する機構が備わっていて健康上の問題は生じません。これは、栄養状態がよく、健康で、精神的にもしっかりしてストレスを受けない人ほど強いので、これが放射線に強くなる最適の方法です。この事実は様々な医学・生物学関係者が述べていることです。

 私達は、もともと地球上に存在する自然放射線として、大地に含まれている、トリウム、ウラン、カリウム40などの半減期の長い放射性物質からの放射線、大地から湧き出して大気中にあるラドン、トロンなどの放射性物質からの放射線、宇宙からやって来る宇宙線、さらに、カリウム40などの放射性物質を含む様々な食物を食べることにより人体中に含まれている放射性物質(体重60kgの人は7000Bqの放射能を持っています)からの放射線などを常に受けていて、それによりわれわれ日本人は平均1年間に約2.1mSvの被ばくをしています。世界には自然放射線の量が日本と比べて10倍以上多いところもありますが、そこに住んでいる人に癌の発生率が高いという事実は疫学調査からは見つかっていません。原子炉、加速器、人工放射性物質などからでる放射線、人工放射線であっても自然放射線であっても、人体に対する影響は全く同じであり、受ける量が問題です。薬でも大量に飲めば害になるのと同じことです。

 今、1年当たり1ミリシーベルト(mSv)という数値が一人歩きしていますが、これは一般公衆に対して、平常時に放射線を使用する施設がこれを超えないように施設を管理するための基準となる線量限度の数値であり、安全と危険の境とは全く違う数値であることを良く理解する必要があります。日本ではもともと自然放射線により平均2.1mSvの被ばくをしていますし、この数値は場所や食生活によって大きく変動しています。例えば、約1500mの高さでは宇宙放射線量は地上の約2倍になりますので、富士山の頂上では、地上の5〜6倍放射線量は高くなります。ですから、それに1mSvの人工放射線による被ばくがあったところで、健康上の問題が起こることは考えられません。

 しかし、今回の事故を受けて、実際に放射線測定を行いたいという人が増えました。そのため国内に様々な放射線測定器が出回ることになりました。測定器の特性を知って、何を測定しているのか、測定で得られた結果は何を意味しているのかを正しく理解することは、極めて重要なことです。そして、放射線の測定には不確かさが必ず付いて回ることを知っておく必要があります。

 重さ、長さ、温度、気圧などは、測定すると一つの決まった値が得られます。例えば、スーパーで量り売りを買うと、秤の誤差はありますが105gと指示され、風袋分5gを引いて、100gとなります。しかし、放射性物質から放出される放射線の測定は全く違っています。まず、放射線はある瞬間には10個放出され、次の瞬間には5個放出されるというように、一定の値ではなく時間とともに不規則に変動するため、測定値も常に変動します。放射線を測る時は、必ず自然にある放射線(バックグラウンド)を一緒に測定してしまうため、それを差し引く必要がありますが、このバックグラウンド自体も、時間や場所とともに変動します。変動する測定値から変動するバックグラウンドを差し引いて求めた測定値は、必ず誤差(不確かさ)を伴います。この誤差は測定値が小さいほど大きくなりますので、少ない量の放射線を測定する時には、大きな不確かさを持っていることを忘れてはなりません。そのため、何回も測定して平均値を求める必要があります。なお最近、アイソトープ協会から、「はじめての放射線測定―正しく理解し、正しく測ろう放射線―」が出版されましたのでぜひ参考にして下さい。

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